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北棟での戦い




「邪魔をされるわけにはいかないんだ。」
「それはこちらのセリフだ。」


タカヒトが床を蹴る。
いきなりトップスピードでアキラに迫り、剣を突き出す。
先程剣に纏わせた魔法を仕込んだところ、再び白い稲妻が走り、赤黒い魔法陣が揺らぎだす。
いくらエルフの魔法を取得したとしても、フィローネである以上、タカヒトが放つ術に防御陣が反発してしまう。
タカヒトは相手が眉間の皺を寄せたのを見て手を緩めず更に剣技で攻める。
陣を右往左往斬りつけ、刃に宿した術も強め間合いを一歩詰めた。
陣の揺らぎが強くなり、ガラスが割れるように防壁が崩壊した。
その一瞬を見逃さず、剣をアキラの肩目掛け素早く突く。
しかし、タカヒトの全身に強い打撃が襲って来た。
肩や膝に直接硬い石を叩き付けられたような痛みだ。
地面に倒れるのだけは免れたが、膝がグッと落ちる。
一番痛みが走る左肩を抑える。骨に異常は無さそうだが、脈打つような激痛が止まらない。
マヤーナの加護があるのに、治癒が追いついていない。
気配を感じ、床に落ちた剣を掴み左に飛んで避ける。
衝撃音が走り、彼が今いた床がえぐられ破片が飛び散るのを横目で確認する。
堕天の魔導師アキラの背中から、赤紫で半透明な羽が計6本生えていた。
骨は細く羽根は少ないそれからは、禍々しいオーラを嫌と言うほど感じる。
アキラが体をタカヒトに向けると、左上の羽が反応し彼にグッと伸びてきた。
ギリギリ避けたが左足にかすり傷を負ってしまう。目で追うのも困難な程素早い。
暗黒魔法か、と雨のように襲う羽を避けながら考える。
ダークエルフが産み出した闇魔法が混ざった攻撃のせいで、マヤーナの治癒が追いつかないのだ。
羽の攻撃は尚もスピードを上げてくる。防壁を展開させフィローネ族に反発する術を繰り出したりするが、人と神の間にいる種族とは元々の魔力が違うのか、鎧や手足に傷が増えていく。
羽の攻撃が早まったのか、自分の反応速度が鈍くなったのかわからなくなってくる。
ついに、足を取られ体が前のめりに倒れてしまう。
眉間目掛け羽が迫る。
一瞬の間に、魔法を使おうかと考える。
しかし、近辺には兵と、リョクエンがいる。
幼い頃、自分のせいで両親を殺してしまった記憶が蘇り、タカヒトは魔法を拒んだ。
一瞬迷ったことで次の手も防御もだせず、羽が頭を貫くのを待つ。
――羽が眉間に触れる直前、赤黒い粒子が散った。
アキラの背中から羽が消え、彼は首を祭壇の方に向けていた。
タカヒトも首を回す。
祭壇で、剣を握る少年エルフが口から鮮血を吐いていた。
祭壇の上には、真っ二つに割れた珠がある。
アキラに気を取られてる間に、見事封印を解いたようだ。
エルフの体がグラリと揺れ、後ろに倒れる。
その体を瞬間移動したアキラが受け止めた。
突如、建物全体が揺れだした。
地震など、地盤が数える程度しかないレファスではほとんど起こらない。
突き上げるような揺れが数秒続くとやがて収まる。いや、まだ微かに振動している。


「竜が目覚めたんだ。」


地震に耐え立ち上がったタカヒトに、静かな声が今の出来事を説明した。


「堕天者め・・・。世界を壊すつもりか。テラ神への復讐なら一人でやればいいものを。」
「そんなものに興味はない。俺は、ただ―」


エルフが激しく咳き込みだしたので、言葉を区切り治癒を施す。
術を解いた反動だろう。
口元や白い外套を血で汚したエルフが、ゆっくり瞳を開け、主を見上げる。


「アキラ様・・・僕は捨て置いて下さい・・・早く、早くマヒト様の元へ。」
「マヒト、だと?」


少年エルフの口から、このタイミングで出てくるとは思わなかった名前に、タカヒトは痛む体を引きずるようにしてエルフの隣に立つ。
視界に入った青髪男に、エルフはなんとか焦点を合わせた。


「騎士団隊長様・・・。アキラ様は、マヒト様を助ける為に黒竜を放ったのです。」
「!?」
「マヒト様が、ヘミフィアに選ばれしレガリアを選定した瞬間、体を媒体にされ、命を落とすと予言にあるのです。その前に竜で大地を騒がせ、ヘミフィアが、マヒト様と交した提携を遅らせようとしたのです。予言さえずらせれば、マヒト様は・・・ゲホッゲホッ。」
「もういいタイチ。喋るな。」
「・・・いいえ、アキラ様。貴方様はこの日の為に、500年も耐えたではありませんか。今までの時間を、無駄にしてはなりません。お早く、地下へ。」


アキラは唇を噛んで、何か迷っているようだった。
治癒を止めれば、エルフは死んでしまう。


「そのエルフを連れて去れ。」


アキラが顔を上げた。
青髪の男は、傷だらけになりながらも、力強い目で彼を見下ろしている。


「予言なんぞ知らんが、マヒトが危険なんだろ。どうすればいい。」
「お前は予言にない・・・。ヘミフィアの前では何も起こせない。」
「関係ないな。早く話せ。時間がない。」
「・・・・・・・・・まずは地下へ行け。隠し扉が床にあり、更に下へ行けるようになっている。そこにマヒトはいる。マヒトはヘミフィアの前で、ある審判を下す。その時が運命の別れ目。マヒトの魂も体もヘミフィアに渡してはならない。レファスを守る使命があるマヒトの魂は、竜の襲撃によってまだ現世に留まるはずだ。」
「その方法は。」
「ない。」


あっさりとした否定に眉根が寄る。
アキラは、瞳を伏せ、表情を崩し辛そうな色を見せた。


「俺は長い間そのことを考えていたが、竜を放ち猶予を得る方法しか思いつかなかった・・・。」
「その時になってみないとわからないということか。」


握っていた剣を鞘に収めたタカヒト。
靴裏で、また大きくなった振動を感じた。


「行け。この棟は脆い。崩れる前にエルフを連れ出せ。」
「黒竜は人間には無理だ。」
「マヒトも、この街も俺が守る。俺は騎士団隊長だ。」
「・・・すまない。」


再び意識を手放したエルフを抱えると、黒衣の魔導師は窓から飛んで脱出した。
その窓からレファスの空を伺う。
黒竜はガムールとは対極の山奥に眠っていると聞いている。
目覚めてすぐ、自分を封印した憎き人間が居るガムールにやって来たとして、どれだけ猶予があるのか。
アキラには任せろと言ったが、人間が竜に勝てるわけもない。
ひとまず竜の事は後回しにして、タカヒトは半壊させてしまった礼拝堂を出て地下を目指した。





 

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