次期王とそのメイド
衣装部屋に届いた真紅のローブを最終チェックをしていたエミは、今日何度目かのため息をついた。
裾がかなり長い赤モヘアの生地を白い羊毛で縁取りされたローブは、国王が戴冠式の時のみ使用する神聖なもの。
あと数時間すれば、新たな王はこれを纏い聖堂にて冠を戴く。
幼少のころより、エミは王子と共に育った。
気が弱いせいで男友達は出来ず、内向きな王子であったので、女のエミが世話係兼専属護衛の任を得たのだ。
世話係であろうが、王子は優しく、対等に接してくれた。
一度たりとも、無下な扱いなどされたことはなく、友人のように、時には姉弟のように育ってきた。
だからこそエミは、彼に王様になって欲しかった。
こんなに優しい王様なら、国は幸せになるに違いない。
その望みは、実質もう叶い、確たるものになろうとしているのに、朝から気が晴れない。
また口からため息が漏れる。
「どうしたのエミちゃん。ため息なんかついて。」
「ひゃあああ!?い、いたの!?」
「?いたよ。此処僕の部屋だし。」
「そ、そうね・・・。」
ローブから手を放すと、リョクエンは鏡台の椅子に腰掛けた。
「禊を済ませたのに、こんなとこで油売ってていいの?」
「式典まで、やることないんだもの。昨日から式典のリハーサルや名簿を記憶したりで疲れちゃったよ。」
「アナタ、ちゃんとお客様のお名前覚えたんでしょうね?」
「うーん・・・。不安だけど、エミちゃんが隣にいてくれるから大丈夫だよ。」
当たり前だ、というように笑う王子に、エミの気分は一段と下がる。
先日から、そのことで悩んでいるというのに。
座るリョクエンの前に立つ。
この一年で、リョクエンは驚く程逞しくなった。
背丈が伸び、長かった毛先を短く苅りこんだだけではない。
国王としてガムールの復興に全力を上げ、大陸の国々とも積極的に外交を行ってきた。
元々、頭の回転が早く政治にも詳しいので、みるみる頭角を現し、今や誰もが認める国王だ。
王位継承に消極的で、控え目だったくせに、あの戦を経験してから責任感が生まれたようだ。
エミとしても、彼の変貌は嬉しく、誇らしい。
しかし、強くなった彼には、もう威張りんぼな世話係など不要になる―
「リョクエン。アナタはもう国王なの。いつまでも世話係を横において置くわけにはいかないわ。メイドを政治の場に同席する王なんて笑い者よ。」
「なら、ユタカ様みたいに宰相になればいい。」
「この国はギルデガンと違い国王が決定を下すの。系統が違います。」
「じゃあ相談役。秘書でもいいよ。」
「リョクエン・・・。私はもう側にはいれないわ。もちろん世話係はやっていくけど、これからは護衛隊の方がアナタを守るの。」
「イヤだよ。」
前髪も短くした新たな王は、以前ならしなかった強き微笑みを浮かべ、エミの手をすくった。
「僕はエミちゃんとずっと一緒にいるって決めてるんだ。周りが何を言おうが、エミちゃんは僕の隣で僕と同じものを見て、同じ事を聞くんだ。」
「リョクエン・・・っ、それじゃ王妃様探しするときお相手が困るでしょうが!」
「?困るもなにも、僕の奥さんはエミちゃんだよ。」
「はあああああ!!?」
顔を真っ赤にして叫ぶ世話係の腰を引き寄せ、膝に座らせた。
毎日の忙しい公務で体も逞しくなり、抱き締める腕はもう男性のものだった。
部屋で一緒に遊んでいたあの頃とは違う。
「エミちゃんと離れたくなんてないからね、僕。」
「・・・その、エミちゃんって呼び方、いい加減やめなさいよ。国王の威厳を損なうわ。」
「エミちゃんがお嫁さんになってくれるなら、止めるよ。」
「バカリョクエン・・・。」
「それと。エミちゃん、一つお願いが・・・。」
「王様なんだから、命令してみたら?」
鏡に映る二人の姿が重なり、エミはリョクエンの首に手を回す。
彼の首裏に、もうあの石は埋まっていなかった。