戴冠式
カウス城内には、結婚式や葬儀でしか使われない聖堂がある。
外装は城と同じ白い壁に包まれているが、内部は黄色かかった塗装で温かみのある作りになっており、壁には王家の旗やきらびかな布が垂れ下がり、様々なで装飾が施されている。
滅多に使用されない聖堂は、大陸からの客人で溢れかえっていた。
マコト、ミヤコ姉弟を始め他国国王や王妃、外務大臣、同盟国からは王子や護衛隊長など。
中央に敷かれた赤い絨毯を挟み左右に別れた客人は、主役はまだかと扉をチラチラと眺めていた。
真昼になり、惑星ルナの明かりが祭壇の背後にある真円の窓から差した時、ファンファーレが響いた。
一同席を立ち扉に注目する。
木製の重厚な扉が開くと、まず剣を構え正装に身を包んだ騎士団隊長が入ってきた。
騎士に先導され、若きセレノア国王が姿を見せた。
裾の長い赤いローブを引きずりながら、一歩一歩厳かに進行する。
国王が前を通ると、来賓は順番に頭を下げてゆく。
騎士は祭壇の前で剣を下ろし、既に祭壇に立っていた大僧正に儀式用だが騎士団に伝わる由緒正しき剣を預け、脇にずれる。
遅れて大僧正の前にたどり着いた国王は、その場に膝をついた。
大僧正は、サキョウであった。
一年前、高齢であった前大僧正は悪魔を拒む結界維持に全力を注いだことで、引退を決意。素晴らしい結界で城を守った功績が讃えられ、サキョウが歴代最年少大僧正に就任した。
大僧正は、左手に騎士の剣を握り、右手を上げた。
「我等を見守りしマヤーナのご加護の元、清き我等のレイエファンスを統治せしセレノアに祝福を。
リョクエン・アインザーク・タウ・セレノア。そなたをセレノアの新たな王とし、誠実さと誠意を持ち、民を守りたまえ。」
左手の剣で、しゃがむリョクエンの肩を左右一回ずつ叩く。
「セレノアの剣はそなたを主と認めた。騎士はそなたに忠誠を誓い、王として国を、民を裏切らぬ限り守りぬくであろう。」
剣を祭壇に置き、祭壇中央に掲げられていた王の証である冠を両手で慎重に持ち上げる。
繊細な装飾が素晴らしい冠の中央には、一際大きく美しい水色の石が埋まっていた。
「この冠を戴いたその瞬間、セレノアの王として世界に響き渡り、マヤーナとの契約は成立する。マヤーナはそなたを王と認めれば、祝福が降り注ぐであろう。」
ゆっくりと、冠をリョクエンの頭に乗せた。
すると、窓から、光の粒子が目に見えて降り注いだ。
惑星ルナの明かりに混じり煌めく黄金の粒子は、リョクエンの真上に優しく降る。
大僧正は両手を天高く上げた。
「マヤーナの祝福が下りた!イシュトリよ祝福せよ!レイエファンスに新たな王が誕生した!」
息を潜めていた観衆が、一気に雄叫びを上げた。
歓声や拍手が聖堂に木霊し、大気や足元が震える。
熱気に似た歓声を肌で感じ、リョクエンは立ち上がり振り向いた。
すると、脇に控えていた騎士が声を上げる。
「リョクエン陛下万歳!セレノア万歳!」
「「「リョクエン陛下万歳!セレノア万歳!」」」
騎士の声に続いて民衆も復唱し、暫く歓声は収まることはなかった。
渦巻く歓声の中、聖堂でただ二人だけ、不思議な声を聞いた。
騒がしい声に埋もれることもなく頭に優しく語りかける声は、リョクエンを祝福していた。
今だ振り続けるマヤーナの祝福に混じり、全く別の、観衆には見えていないであろう水色の光が降り注いだ。
一年前に眠りについた、ヘミフィアからの祝福である。