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友人


正午過ぎ、騎士の正装に身を包んだタカヒトは、静かな中庭を突っ切って歩いていた。
今人々は王居内にある広間で立食パーティーの真っ最中。
カウス城内には人の気配すらない。
中庭を過ぎ、図書館へと続く外回廊を跨ぐと、回廊からは死角となる僅かな隙間に、松葉色外套の少年はいた。膝を抱え出来るだけ縮こまりレンガの花壇に腰掛ている。
少年の前に立ち、腰に手を当てた。


「昼食会始まってるぞ。」
「騎士のくせに、サボり?」
「昼食会といっても、陛下が来賓一人一人に挨拶して回る場だからな。大男は邪魔だろうから、リセルに任せてある。せっかくサキョウ様に術をかけてもらったんだ、来い。ピレーモもあったぞ。」
「うん・・・。」
「どうした。」
「だってタカヒト、セレノア関係者のくせに、タカヒトだけマヤーナの加護がないんだよ?違和感。」
「加護の有無はサキョウ様とクサナギ将軍ぐらいしか見えん。問題ない。」


いじけた風なマヒトは、一段と膝を引き寄せ口を尖らせる。
はぁ、とため息を溢すタカヒト。


「なぁ、マヒト。もう何回も話しただろう。半永久に生きる事を選択したのは俺自身なんだ。俺は今の状態で満足している。」
「わかってないよ・・・。これから何人もの王が誕生する度、タカヒトは彼等を守らなきゃいけないんだ。無理矢理、存在させられるんだよ?」
「王家の剣でいることはヘミフィアとの契約だからな。」
「あと五、六年は大丈夫だけど、年をとらないと怪しまれる。皆とはいられない。リセルや、リョクエン、家族の前から去らなきゃならなくなる・・・。」
「もう契約は済んだ。どうにもならんだろう。」


片手を伸ばし、茶の髪を撫でてやる。


「俺はサキの花嫁姿さえ見られれば、それでいい。」
「シスコン・・・。」
「お前が心配しなくていい。別れの時になったら、色々考えるさ。それより、行動を起こさなきゃならんのはお前だぞ。」


マヒトがやっと顔を上げた。
青いマントを肩から掛けるタカヒトの頭上には、やはりマヤーナの祝福はなく、人の輪から外れていたが、本人は悪戯を仕掛けた子供みたいな薄い笑みで、どこか楽しそうだ。


「サキ、お前の事思い出したぞ。」
「嘘だ!俺の術が解けるわけないよ。タカヒト何かした?」
「何も。サキをナメるなよ、マヒト。昔からサキの超直感は神掛ってる。」
「・・・。」
「会いに行ってやれ。今頃、お前の為にパンを焼いてるだろう。」
「・・・昼食会、行かない。」
「わかった。また後でな。」


マントをなびかせ、タカヒトは来た道を戻っていった。
騒がしい広間に戻り、見知らぬ相手に囲まれ愛想笑いをするのも面倒なので、今だけ騎士の仕事を放棄して城の裏手にある小さな庭を目指した。
滅多に人がこないので、副官に見付からず考え事をしたいときよく利用していた。
裏庭といっても惑星ルナの暖かな光は存分に届くので、花壇には名前も知らぬ小さな花がのびのびと微風に体を揺らしていた。
数本植えられている木の幹に寄りかかる人物がいた。
サキョウだ。
タカヒトに気づき手を上げる彼に近寄って、頭を下げる。


「大僧正様。」
「やめてーな。わいらは同い年で戦友やで。」
「大僧正様とおなりになったのですから、友などおこがましい。これからレイエファンスをお守り頂く存在。」



「これから聖堂に引き込もって、祈る毎日かと思うと気が重い。タカヒトはんと戦に出た日々が懐かしいんや・・・。だから、堅苦しいの無し。あんさんは、わいの友人。それに、わいより竜を追い払ったタカヒトはんの方に敬意を払うべきやろ。そんな体にまでなって、レファスを守ってくれたんや・・・。」


僧侶は苦笑をもらし、花壇の花をなんとなく見つめる。
サキョウは、騎士であるはずのタカヒトにマヤーナの加護が消えたことも、人で無くなり半永久に生きる体になったことも見抜いていた。
ヘミフィアのことなど知らないはずであるが、何らかの契約か犠牲により今の体となり、そのおかげで竜と対峙出来たことも大僧正は気づいている。


「私は、大切なものを失いたくなかっただけです。」
「その体、歳とらへんやろ?」
「いえ、通常の1/30程度のスピードで一応歳は取るようです。」
「30年でやっと一歳・・・羨ましいなあ。しかし、騎士の仕事はどないする?記憶改竄しながらやるんか?」
「早く次の隊長候補を育てなければなりません。クサナギ将軍には退官したいとお伝えしたのですが、後継者を育てるのも隊長の仕事と言われてしまい・・・。」
「なら、わいが手伝ったるから、ゆっくり育てればええやん。マヒトはんみたいに周りに溶けこませたるで?」
「そうはいきません・・・。何年も歳を取らない人間が存在すれば記憶にそごが生じバランスを崩します。後継者が見つかり次第、ガムールから去ります。」


普段着であるキモノの袖を合わせたサキョウを真似、タカヒトも同じ花壇に視線を映した。


「寂しいなぁ・・・。とどまって欲しいけど、周りの時間が進むのをただ見てるだけってのも、辛いのかもしれんしなぁ・・・。せやから、マヒトはんは他人と関わらんようにしとったんやろ。」
「はい。」
「ま、でもマヤーナの第一配下たる大僧正にはいかなる術も効かんから、隠居してもたまにはお茶でもしようや。わいも退屈しとるやろうし。」
「ありがとうございます、サキョウ様。」
「カッカ。隠居したらちゃんとタメ口きかしたるからなー。わいがジジイになってもダチでいてぇな。」


大僧正の瞳には、強い寂しさが宿っている気がした。
彼もまた、今日が終われば不自由な生活が待っている。
もうガムールを出て旅をすることはかなわない。
それでも、彼は大僧正という大役を引き受けたのだ。


「タカヒトはん、飯食うた?」
「まだです。」
「なら一緒に飯食おうや。大僧正は他人に会っちゃイカンから昼食会出席できへんねん。ちょちょいとキッチンからご馳走盗んだろうや。」
「お供しましょう。」







 

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