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森に佇む小屋にて




戴冠式から三ヶ月後。

マヒトは森の木々をの間を抜うように枝から枝へ飛び移りながら移動していた。
所用でガムールに寄り、サキとお喋りを終え家に帰る途中である。
タカヒトにも挨拶しようかと思ったのだが、仕事なのか城内にはいなかった。
惑星ルナの明かりが葉の間から差していて暖かい。
人は入れぬはずの森で、マヒトを呼ぶ声がして足を止めた。
黒髪の少年エルフがこちらに手を振っている。
木から飛び降り草の上に立つ。


「お久しぶりです、マヒト様。」
「アキラのお付きだった・・・タイチ、だよな。」
「はい!名前まで覚えてて下さって嬉しいです。」
「お前、銀髪じゃなかった?」
「この森に住み始めたら、色が変わりまして。原因はわかりません。」
「ふーん。色が違うだけでだいぶ印象変わるんだな。」


少年エルフのタイチは、いつからか、森を守護する神官とマヒトの兄アキトの許してを得て、レファスの森に住むようになった。
この森を大層気に入ったのもあるが、主アキラがある日突然姿を消してしまったからである。
迷いエルフは、イルの大地に戻れないので、アキトが保護してきた。
今はもうレファスの生活に慣れ、手には薬草やきのこが沢山詰まった籠を持っている。


「そうだ、タカヒトから聞いたぞ。リョクエンと友人になったんだって?ついでにヤマトとも。」
「はい。陛下が森にご挨拶にいらした時に見つかってしまいまして。ヤマト君はレファスに来る度遊びに来てくれてます。といっても、王子の仕事が忙しいみたいで、三ヶ月は会ってません。」
「実年齢はタイチが断トツでも、外見年齢近いもんな。」
「僕、友達いなかったので、凄く嬉しいです。」
「そっか。良かったな。」


アキラが消えた直後は泣き喚いて気落ちし、正気すら薄くなっていたが、もう一人でやっていけそうで、安心する。
またな、と声を掛け再び木々を飛び交い家路を急ぐ。
ヘミフィアの選定が終わり、イシュトリの終焉を免れた翌日に、アキラと会った。
そこで全ての話を聞いた。
テラ神直属配下の一人だったアキラは、ある日エルフの長に手紙を渡すよう頼まれ地上に下りた。
その帰り道、悪質ないじめで生死をさ迷っていた子エルフ―タイチを助けた。
その事を知ったテラ神は怒った。
神聖なフィローネ族の力をエルフなんかに使ったことに腹を立て、彼の行為を裏切りと勝手に思い込みアキラの翼を奪った。堕天したのだ。
堕とされたアキラは、淀んだ大陸の空気に弱り、死にかけた。
瀕死のアキラを助けたのが、まだ幼いマヒトだったという。
マヒト自身、全く覚えが無かった。
まだ堕天したてでフィローネの力を持っていたアキラは、マヒトがヘミフィアという存在の為だけに生まれた特殊な人間であること、マヒトが数百年後、ヘミフィアによって命を吸いとられ死ぬことを予見してしまう。
自分を助けてくれた幼子の運命に嘆き悲しんだアキラは、マヒトの記憶から自分を消し、命を救ってくれたマヒトを、今度は自分が助けると誓ったらしい。
そこから彼の長い戦いは始まった。
ガムールに近い林の中で、話を終えた黒衣のアキラは目を反らした。


「結局、俺は何も出来なかった・・・。あらゆる物事を抑え込めるヘミフィア相手には、竜を呼び出す方法しか思いつかず、最後には騎士に全てを託して戦線離脱・・・。情けない。」
「ヘミフィアが言ってたよ。あらがい続けたから、タカヒトが生まれたって。アキラがそうやって運命にあらがってくれてたから、タカヒトが俺を助けてくれた。」
「・・・騎士の手柄ではないか。」
「タカヒトは最後の最後だけ実行した人、アキラはずっと見守ってくれた人。」


アキラのオッドアイを下から見上げる。
フィローネ族が、相性の悪いエルフの力を使い魔導師となるために、無理矢理埋め込んだ魔法石のせいで、左目が緑になったらしい。


「ごめん。長い間俺の為に動いてくれてたのに、何度も酷い事言った・・・。」
「お前が生きてるなら、それでいい。助けられたのは俺の方だ。」

「なぁ、どうやって感謝を示したらいい?礼がしたいんだ。俺が出きることなら何だってするから!」


アキラは、ゆっくりと首を横に振った。


「ただ幸せに生きてくれればいい。今までヘミフィアの為だけに生きてたんだろ?これからは自分の為に生きてくれ。俺はそれだけで十分だ。」
「アキラ・・・。アキラはこれから、どうするの?」
「さあ、わからない。それも含め、これから考えるさ。」
「また会えるよね。話、いっぱいしようよ。」
「ああ、いつか、必ず。」


その後しばらくは、タイチの傷を癒す為にレイエファンスの洞窟に住んでいたらしいが、タイチを残しアキラは消えた。
マヒトもレファスや大陸を探したが、消息は掴めず仕舞い。
ただ、余り心配はしていない。
いつかまた会えると信じていた。
深い森の中に、湖が現れ、マヒトは地面に下りた。
透明で美しい湖を越えると、森を切り抜いたような草原地帯に繋がり、木造の立派な小屋が見えてくる。
そこがマヒトの家だ。
普通の人間だった両親が、普通じゃない兄弟の為に残してくれた家。
ヘミフィアの導きで物心ついた時には親から引き離され二人で生きてきた。
兄アキトがそこそこ大きくなるまでは森の神官やエルフが面倒みてくれていた時期もある。
成長スピードが遅いせいで、一向に成長しない子供達を見て親が悲しまないようにヘミフィアが気をつかったのだろうが、中々もってひどいことをする。もちろん恨んでなどいないが。
そんな、長い時間過ごした家の扉を開けると、キッチン横の木の机で、兄ではない男が寛いでいた。


「よう。」
「タカヒト!?何やってんのさ!」
「アキトに招かれた。此処は隠居するにはもってこいだな。」
「はぁ!?」
「いいと思うぞマヒト。タカヒトさんがガムールを離れた時は一緒に住んでもらおう。」


キッチンにいたアキトが顔を出す。
ニコニコと嬉しそうだ。
マヒトと違って森から出られない兄は客人を迎えられて楽しいのかもしれない。


「一緒にって・・・。俺達二人だけでも狭いのに。」
「増築すればいいさ。時間ならたっぷりある。」
「そうだけど・・・。」


アキト所蔵の本を読んでいるタカヒトに目を戻す。
ずっと二人きりだった家に、他人がいるのは不思議な光景だ。
外套を脱ぎ、タカヒトの前に座る。


「此処に、住むの?」
「嫌なら他を探す。」
「そうじゃないよ!ただ、タカヒトは広いお城で、自由に生きていたんだ。その内飽きたりしない?」
「平民の俺には城は広すぎた。どちらにしろレイエファンスからは離れられんしな。」
「時間概念に捕われてきたタカヒトは、これから大変だと思うよ。変化のない生活、繰り返しの毎日に刺激はないから。」
「隠居と思うさ。俺の願いは今も昔も家族の幸せだ。騎士団でなくなっても、家族が幸せであるなら満足だ。退屈した時はまた考える。」
「お前が杞憂しててもしょうがないだろ、マヒト。お茶どうぞ、タカヒトさん。」
「ああ、すまないな。」


トレイに乗せたお茶とケーキを差し出し、マヒトにも同じものを出すと、フォークでさっそく兄特製のケーキを食べ始める。
確かに、今から心配しても仕方がない。


「竜守人がケーキ作りが上手いとは、皆驚くだろうな。材料はどうしてる。」
「極力自給自足ですが、小麦粉なんかはマヒトに買ってきてもらいます。」
「金は?」
「内職で稼いでるんです。」
「兄さんの護符なんかは神官連中に高く売れるんだよねー。」
「神官相手に商売してるのか!?・・・確かにいい内職だろうな。」
「護符はたまにです!畑の野菜とか、絹糸なんかを売ってるんですよ。」


竜守人は、その存在全てをレイエファンスの地脈と同化させることで竜が万が一にでも目覚めぬように抑え込んでいる。
よって清い森から出る事を禁じられ、弟と違い街に出ることも叶わぬらしい。
カップを傾けながら、マヒトを見る。


「聞きたいことがある。」
「なに?」
「この力は、どういう経路から来てるんだ?」


左手で紅茶を飲みながら、軽く右手を上げ、その手に青白い炎を纏わせる。


「マヤーナ経路の魔法はもちろん、エルフの術も使えなくなってきた。」
「そりゃそうさ。タカヒトは人じゃない。言わばヘミフィアの子。あと数ヶ月でマヤーナの術も使えなくなるよ。」
「困ったな・・・。まだ現役で騎士の仕事をしなければならん。後継者を育てるなら剣だけではな。」
「諦めてよ。」
「はぁ・・・。今まで様々な術を取得すべく血の滲む思いをしたといいのに、全て水の泡か。」


椅子の背にもたれ掛り窓の外を見る。
魔法の発動は自分の力量も関係あるが、大抵はカイラ神の力を流用する。
自身の魔力のみである程度補える場合もあるが、人でなくなってからは、魔力自体が何かに飲み込まれてしまっているみたいで気味が悪い。
アキトがマヒトの隣に腰掛ける。


「その青い力はヘミフィアのもの。今まで使っていた魔法より使い勝手はいいと思いますよ。詠唱や契約なんかもいりませんし。」
「部下の前では使えんだろう。マヤーナの力でもないんだから。」
「竜を倒したせいでそうなったって言えば?あ、そうだよ!竜守人に新しくもらったオリジナルの力って言えばいいよ。竜守人と専属契約したからマヤーナの術使えない、とかさ。」
「・・・それが一番の案か。」
「神官に頼んで正式な書簡を出しますよ?」
「ああ、頼む。こんな言い方はアレだが、便利だな、お前。」
「タカヒトさんのお役に立てるなら、喜んで。」


問題が一つ解決したが、どこか腑に落ちないのか手元を見つめる。


「この力は特定術式は無いんだな。」
「術者の自由に使えるよ。固定の攻撃・防御スタイルはない。先輩として指南してあげよっか♪」
「・・・ま、ヒマだしな。」
「そこはお願いしますだろー!」


お茶を終え、三人は外に出た。
柔らかな風が吹く草原の真ん中で、タカヒトが乗ってきたファーンが眠っている。
さっそくマヒトがタカヒトに青い炎の力の多様性を教えながら、いつの間にか組み手に発展する。
アキトは小屋の近くで風に吹かれながら二人の組み手を眺めていた。


「貴方は優しいのか厳しいのかわかりませんねヘミフィア・・・。」


彼の呟きは風に飛ばされ、いつの間にか集まってきた森の精霊と共に、二人の軽やかで巧みな組手を観戦し続けた。








 

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