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十.人ならざる者へ告ぐ

空はどんより分厚い雲で覆われていた。
先程まであんなによく晴れていたというのに。


『南西から嫌な匂いが近づいてる。』
「此処は道が開けすぎている。少し離そうか。」


左手に握っている刀に話しかけながら、少女は背を丸め低姿勢のまま走る速度を上げた。
首都の路地だけあってよく整備され汚れも少なく、左右に立ち並ぶ店店も立派なものなのだが
一人たりとも民の姿がなかった。
戸が開いたままの店、団子と茶が乗ったままの茶屋の長椅子、魚売りの桶は道の脇に放り出されている。
たった今まで人がいた気配は色濃く残っているが、肝心の人影はなく、路地を掛ける沙希は
目線だけで辺りを探る。


「これが話に聞いた人払いの結界術かしら。」
『足下から来る嫌な気配はそれかもね。ついに神祇官殿が動き出したか。』
「追っ手は。」
『屋根の上。相変わらず距離は保ってるけど射程圏内は死守してるね。』


速度そのまま、姿勢もそのまま沙希は右足を軸に体を四分円捻り、十字路を左に曲がる。
唐突な方向転換に加え曲がった先は雨よけの軒が突き出た家々が並び、薄暗い中で黒髪黒装束の少女の姿を見失い
屋根の上にいた追っ手は焦った。
肌のほとんどを黒い衣装で包んだ数人の男達は慌てて保っていた距離を詰め少女がいると推測される路地に降りた。
格子窓の茶屋が並ぶ洒落た小路地に少女の姿はない。
目元以外布で覆っている彼らは喋ることなく指先の合図だけで会話し瞬時に作戦を決めていく。
ーーー左側にいた男の足が払われ茶屋の壁に激突した。
一同がその男に目を移してしまったと同時、反対側にいた男二人がうめき声を漏らし倒れる。
中央にいた男は自分たちが罠にかかった兎だということに気づき後ろに飛ぶ。
飛ぶ間に、また一人仲間が体を半分に折りながら倒れた。
屋根に手を掛け昇りながら敵ー少女の攻撃がどこからきたのか見定めようとしたが、彼も
後頭部に激しい痛みに意識を手放し瓦屋根の上に倒れた。
黒いもやから黒い少女が現れたった今倒した男を見下ろしながら、先程までは巻いていなかった漆黒の首巻きを解いた。


『よかったのかい?神祇官の手の内にいながら裏技使っちゃって。』
「宮殿内に入れば小細工は使えないから、今使った。姿くらましが通じる相手でもなさそうだし。先を急ごう。」


右手の刀柄を強く握り、屋根の上を伝い首都を更に中心へと走る。
首都・天御影は三神の宮処の殿が並ぶ大内裏を中心に展開されている。
まるで、街全体が大内裏を守っているかのように。
一般区域と大内裏を分ける高い塀を、沙希はたった一回の跳躍で飛び越えた。
男性の身長より遙かに高い石の塀を越え砂利道に着地する。
足が地面についたとたん、沙希は胸元を押さえ蹲る。額から大量の汗が溢れ顔色が青白く光るので、暗がりで浮いて見えた。


『沙希!?』
「鬼妖避けの結界か何かがある・・・幸い、斗紀弥は平気みたいね。人間の姿に戻っちゃ駄目よ。」


足に力を入れ、無理矢理立ち上がる。
最初の二、三歩はふらついたが、徐々に速度を速めまた低姿勢で走る。
大内裏は貴族達の住まいではなく、役所だ。
なので殿は広くないのだが、渡殿で複雑に繋がっておりどの建物も床が大分高い。
砂利が敷き詰められた庭にいる沙希からは階段の上にある建物の中は見えない。
屋根に昇って移動したいところだが、体が重くて高い跳躍は無理そうだった。
斗紀弥が主の名前を叫び、沙希は左に飛んでその攻撃を避けた。
地面には緑のモヤを纏った錫杖が刺さっていた。


「内裏に鬼憑きを進入させるなどと、神祇官様は何をお考えなのかしら。」
「僕たちが第一線に呼ばれたんだ。場は整えたからさっさと片付けろってことじゃない?」
「ホント人任せなんだから!こっちも忙しいっていうのに。」


沙希の前に現れたのは若い男女。
金の巻き毛を耳元で結う少女は、苛ただしげに五色布がついた大きな扇子を構えた。
背の高い緑髪の少年が左手を挙げると、沙希の脇の地面に刺さっていた錫杖が地面から勝手に抜け
弧を描いて少年の手に収まった。
錫杖の先端についた六つの輪がシャリンと軽快な音を立てたが、沙希は荷が重くなった思いしかなかった。



「桜姫のお付きが登場とは・・・予想してなかったわ。」
「あら、私達を知ってるの。誰から情報を買ったのかしら。漏らした輩はあとでお仕置きしなきゃ。」
「桜姫からよ。」
「・・・戯れ言を。」


金髪少女の顔が邪悪な影を映す。
鋭く殺意を込めた目で沙希を睨み、自分の顔より遙かに大きな扇を構えた。


「すぐ片付けるわよ、緑延。」
「わかったよ、絵美ちゃん。」


右手の斗紀弥が逃げるよう叫んだが、この二人から簡単に逃げられるとは到底思えないので、身構える。
絵美が扇を一閃すると、金色の可視化された風が巻き起こると、金の粒子を抱きながら沙希に襲いかかった。
目も開けていられない程の風に体が後ろに押されてしまうが、斗紀弥の力で地面になんとか足を縫い付ける。
大内裏に張り巡らされた鬼避けの結界でただでさえ弱っているところに、その風圧はかなり堪えたが、
風と供に投げつけられた錫杖は気配で避けた。
が、真後ろに新たな気配を感じて首を後ろに回すと、童水干を纏った美しい青年が投げつけられた錫杖を握って沙希めがけ振り下ろすところであった。
咄嗟に刀で錫杖の攻撃を避けた。
あの緑延という少年が錫杖を投げたのは沙希を攻撃するためでなく、まるでこの水干青年に渡すためだったかのような。
沙希は違和感の中に生まれたわだかまりみたいな感覚に眉根を歪めた。


「貴方・・・鬼ね。」
「その通り。」


水干青年の攻撃を受けているため、背後になってしまった緑延の声を聞く。


「彼は僕が契約した鬼、時雨だよ。」
「鬼憑きが桜姫の付き人だなんて、宮処は随分大胆ね。」


錫杖の柄で押してくる時雨という名の鬼の攻撃を受け流し、間合いを取る。
だがすぐに大きく一歩踏み込まれ胸めがけ鋭利な先端を突いてくる。
涼しい顔で繰り出してくるわりに思い一撃を刀の腹で受け止め左手も沿えるが、すぐに手が痺れてきた。


「時雨は特殊な鬼でね。元々はー」
「緑延!無駄なお喋りは不必要。」
「はいはい。時雨。」


気のよさそうな顔をしてる主に命じられる鬼もまた優しげな顔をしているが、
微笑みながら錫杖をつきだしてくる攻撃姿勢は純粋な殺意しかなかった。
攻撃に迷いがない。というか、同じ人間を相手している感覚がないのだ。まるで顔の周りを飛ぶしつこい虫でも払うかのような。
右肩に担ぐように先端をあげてから、一気に錫杖を振り下ろす時雨の一撃を左に飛んで避ける。
間一髪、沙希の足下で砂利が剥がれ土が抉られていた。
刀で受けていたらいくら斗紀弥といえ刀にヒビが入るところだった。
安堵したつかの間、足下に金色の輝く線で書かれた陣が浮かび上がった。
気づいた時にはもう遅く、体の動きがとれなくなっていた。


「結の舞。」


離れた箇所で、舞を踊るように扇を構えた絵美の足下から、金色の風が吹き上げ彼女を守るように旋回していた。


「次いで、静かの舞。」


手首をぐるりと回して、扇の向きを反対にする。
沙希の周りにあった音という音が消えた。
風の音、錫杖の輪が奏でる爽快な音、自身の息遣い。
音が消えた事によって、間近にいる時雨の気配すらわからなくなってしまう。
絵美の手に扇ではなく弓が握られていた。
矢は三本。どちらも金色に輝き、沙希に照準は向けられていた。
音がない以上目視で攻撃を避けるしかないのだが、左から矢が、右から時雨の錫杖が迫ってくる。
体は動かない。避けようがない。
無音の世界でも、握った刀から斗紀弥の声だけは感じられた気がした。
弓矢三本と錫杖の先端が沙希の体を突き刺す寸でのところで
竜巻が沙希の体を守り、矢は吹き飛ばされ錫杖を握る時雨は顔を腕で守りながら後退した。
空まで届く太い竜巻が収まると、そこにいたのは沙希であって沙希でなかった。
結われていた髪は解かれ地面に垂れるほど伸びており、量が倍に増え毛先がすさんでいた。
消息は竜巻でぼろぼろになったのか、肌の露出が増えた。
何より、目だ。白目は黒く染まり、眼球の黒は赤に変わっていた。
纏う雰囲気は禍々しく、野性的で離れた場所にいる絵美と緑延の肌にもジリジリとした嫌な息吹を感じる。


「人の殻をついに捨てたね。」
「神祇官様が張った結界内にいるのに鬼妖の力を解放するなんてね。驚いたわ。」
「あんまり驚いた様子ないけど?」
「私たちが仕留めることに変わりないわ。姫様の元へはいかせない・・・。破魔弓!」


絵美の手に握られた弓に、再び矢が三本現れ風貌が変わった沙希目がけ放つ。
沙希は刀であっさり矢を凪ぎ払うが、その死角から時雨が錫杖を振り上げる。
錫杖を沙希の肩にたたきつけるより早く、時雨の腕が沙希の細腕一本で止められた。
握られた腕は骨が軋むほどで、ずっと涼しい顔で戦っていた鬼の顔に焦りが走った。
沙希は時雨の腕を掴んだまま、簡単な動作で体格差もある相手を吹き飛ばす。
時雨は庭の遙か彼方まで砂利を巻き込みながら転がり殿の階段に当たって気絶した。


「時雨・・・!?しまっ、」


相棒の安否に気をとれれた隙に変貌した沙希が現前に迫っており、刀の峰で脇腹を叩かれた。
少女の力とは思えぬ重すぎる一撃に一気に意識が薄れたが、絵美の姿をとらえ踏みとどまる。
絵美も同じように刀の柄で頭部を狙われていたが、緑延は倒れ込む直前の不安定な姿勢のまま絵美に抱きつき
彼女の攻撃を背中に受け彼女を守りながら地面に倒れた。
腕の中にいる絵美の悲痛な声が聞こえ、最期の瞬間を覚悟したが、その時はこなかった。
ぼやける視界で中を探るも、鬼妖となった少女の姿はなかった。
時雨が転がった時に巻き上げた砂煙が、ゆっくりと薄れながら暗い曇天に昇っていくほかは、何も。



「鬼妖になっておいて、野性に飲まれていないのか、あの子は。殺戮衝動を抑えるとは、恐れいったよ。」
「緑延!」
「やっぱり現役じゃない僕らじゃ駄目だった。瑛人さんに任せよう。」





 

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