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❀ 2-10

チャールズ・W・オークウッド。
魔法院で20年も高位魔導師を務めた後、功績が称えられ大魔導師の証であるオリーブのブローチを授与される。
現役を引退してからは、若い魔法使いを育て導く教師として世界を転々としているが
表舞台から退いた今もその実力は衰えず、大老師と呼ばれ魔法使いから慕われている―――。
歴史に残る魔法使い大全のページを読み上げたジノは、パタンと本を閉じた。
此処はフェリーの中。
夏の合宿に参加するため、大きな鞄を持ってマリーと共に目的地に向かっていた。


「大全に載るぐらい凄い先生だったのね。」
「僕も名前ぐらいしか知らなかったんだ。大魔導師様なんて、一般人の僕らからすれば天上の人だもんね。」
「そんな先生に魔法を・・・。考えただけで震えてきちゃう。」

 


顔が本当に青ざめたマリーにアハハと笑いかけ、窓の外を見る。
向かっているのは、オークウッド先生が隠居先に選んだ孤島。
本島から離れた島を、彼は買い取って所有地とし、時折未来有望な魔法使いを招いては指導をするという。
去年、この合宿に参加希望を出したのに、定員割れで選考に外れてしまった。
念願叶っての合宿は、いい経験となるだろう。
青い海と空しか見えなかった窓の外に、緑の大地が見えてきた。
あれが今回の合宿の場、通称ライム島だ。
その名の通り、小さな港についた時から柑橘系の匂いが漂ってきた。
ライム島はオークウッド家以外に住民はおらず、港も無人。

ジノとマリーを下ろしたフェリーは向きを変えてさっさと出航してしまった。


「僕ら以外に参加者乗ってなかったね。」
「もう島に着いてるのかしら?」
「あのフェリーは1日1回しか動いてないんだよ。集合日時は今日だし。」

 


マリーが首を傾げる。
いつまでもそこに居るわけにもいかないので、着替え等が入った荷物を自分たちが運び、港から伸びる一本道を辿って合宿場へ向かう。
道の両脇にはライムの木が植わっており、ちょうど花が見頃で、青々と輝く実の姿も確認出来た。
オークウッド先生はライム業者でもやっているのだろうか。それとも無類のライム好きなのか。
ちゃんと剪定され、手入れされている痕跡が見える。
ガンガン照りつける太陽が憎くなってくるぐらい炎天下の中歩き続けていると、やがて木製の簡易看板が現れた。
文字は何も無く、赤い矢印が海の方を差している。
矢印の通り行けということだろうか。道を逸れライムではない普通の雑木林の間を通ると、すぐ浜辺に辿り着いた。
細かい砂が美しい浜辺のすぐ近くに、木製の小さなコテージがいくつも建っていた。
あれが合宿中生徒が止まる場所なのだろうか。
暑い気候の中、大荷物を汗だくで運び歩き続けていると、とあるコテージの扉が開いた。
フード付ノースリーブパーカーに、チノパン、ビーチサンダルというラフな出で立ちのルフェであった。
ルフェは2人の姿にすぐ気づいて、砂の上を器用に走り寄ってきた。


「2人とも!よかった、無事に着いたね。」
「ルフェ~!久しぶりですぅ。会えて嬉しいです。」
「2週間近く会って無かったもんね。まずは屋敷に案内するよ。先生達もいるから。」

 


ルフェの案内で浜辺のコテージが並ぶエリアを抜け、林の中に入る。
人工的な道の先に、これまた木造で出来た大きめのコテージが建っていた。
特徴的な三角屋根が付いており、横に長く広めなベランダが付いている。
貴族の別荘、というには質素だが十分立派である。
荷物はとりあえず玄関口に置いて、中に入る。
中はずいぶんと涼しかった。窓が開いているので、冷房では無い天然の快適さだろう。
玄関を抜けるとすぐに広めのリビングに続いていた。

コテージらしいラタンの椅子や低い机、お洒落な布が掛かったソファーなどが置かれており、インテリアはリゾートホテルの用だ。
適当な場所に、リヒト、レオン、グランの姿があった。
皆それぞれ私服姿で寛いでいる。
雑誌を読んでいたレオンが顔を上げた。

 


「お。これで全員集合かー。」
「ルフェちゃんのお友達も来たわねー。」

 


隣にあるキッチンから顔を出したのは、エプロン姿のエメル保険医だった。
ルフェと同じようにノースリーブシャツとパンツのみの姿で、手には焼きたてらしいクッキーが乗った耐熱皿。

 


「2人とも、大先生にご挨拶してきてよっ!戻ったらクッキー食べてね。」

 


こっちよ、とルフェがリビングの脇にある螺旋階段に案内する。
外側から見た時の三角屋根の部分に繋がっているのだろう。
階段を辿って二階に上がり、廊下の途中にある扉をルフェがノックする。声がして、扉を開けた。
沢山の書物が天上高くまで並べられた本棚、海がよく見える吹き抜けの窓。
家具は全てダークブラウンで統一された部屋にタテワキ先生がおり、先生の前には高級そうなデスクがあった。
そのデスクチェアに腰掛けていた白髪で太った男性がどっこいしょ、と立ち上がった。

 


「やあ。君たちが最後の生徒さんだね。よく来たねー。2人が、ルフェさんのお友達かい?」
「そうです、オークウッド先生。」

 


初老の男性は、のんびりした口調で笑うと目尻が下がり、尚且つ双眸が肉に埋もれてしまった。
歳のせいか、身長は高くなく全体的に丸っこい。
人の良さそうなこの男性が、大魔導師とまで呼ばれた伝説級の魔法使いだと誰が思おうか。
紹介されなければ、近所にいる優しいおじいさんだ。


「これで全員揃ったかな、トーマ君。」
「はい。日程は予定通りでよろしいですか?」
「ああ、構わないよ。」

 


タテワキ先生に自己紹介するよう言われ、2人は簡単に挨拶をする。
まずはゆっくりしてきなさい、と大先生に言われ、3人は礼をして下のリビングに戻った。
すでにエメルがお茶の用意を済ませており、焼きたてのクッキーの他にスコーンやサンドイッチなどの軽食も並べられている。
適当な椅子を借りて、お茶会が始まった。
エメルが入れてくれたアイスティーを飲みながら、今回の参加者が全部で8人だけだと聞かされる。

 


「例年なら、定員は30人ぐらいだったはずですが。」
「色々あったんだよー。」
「急な日程変更もその色々に含まれます?」

 


今回の合宿が予定より4日も早められた知らせは、本人達に直接通達された。
さらに、3泊4日だった合宿が6泊7日に伸びており、保護者から許可を得た生徒のみ参加するようにとの再申し込みがあった。
遠くの島で行われるとはいえ、大魔導師からマナを教わる機会は滅多にないので、参加申し込みは激戦だと思ったのだが。
クッキーを食べ続けるレオンも、サンドイッチを頬張るリヒトも説明してくれる気配はないので、
諦めてジノもクッキーを食べる。
しばらく夏休み中起きた出来事を報告しあったり談笑していると、上からタテワキ先生が降りてきた。
彼も普段の暑そうな白衣やネクタイがなく、紺のポロシャツ姿だ。


「あれ、サジとアルトマン君は?」
「外で遊んでるんじゃないっすか?あいつら遊びたくてうずうずしてたから。」
「確かに自由時間だとは言ったけど・・・。まあいいか。予定通り、強化訓練は明日の午前からね。
今来た2人にはルフェとキルンベルガー君が色々教えてあげてよ。」


じゃ、とタテワキ先生はリビングを出て行った。
ジノはリヒトと同じコテージを使い、マリーはルフェと同室らしい。
軽食会を終えてから、リヒトの案内で荷物をコテージに運んだ。
生徒用のコテージはシンプルだったが、やはりリゾート用コテージといった具合で調度品がお洒落だった。
シンプルなベッドと、テーブルセットが一組、奥にシャワールームがあり、海が一望できる窓もある。
荷物を適当に置くと、早速真面目な顔をリヒトに向けた。リヒトも予想していたのだろう。顔がいつもより凜々しい。


「夏休みの間、何があったんです。」
「俺もわからない。ただ、何か非常事態があって、俺ら以外の4人が何か知っているようだ。サジ先輩はどうだかわからないが。
この少人数で、此処に来る理由はいくつか考えられるが、一番はルフェ関係だろう。」
「ルフェは学園に残ってました。その間に、何かが起きたってことですね。マナを暴走させたとか、魔法院が動き出したとかですかね。」
「わからない。その非常時にお前達が招かれたのも、ルフェの精神安定を狙ってだろうな。」
「リヒトさんにも知らされてないとは・・・。」
「とにかく、お前は注意深く辺りを観察しろ。観察眼はお前の方が上手だ。俺も警戒だけはしておく。」

 


わかった、と頷くと扉にノックがあった。
リヒトが扉を開ける。部屋にやって来たのはルフェとマリーだったが、なんと水着姿だった。
2人も一応お年頃なので、突然の光景に顔を赤くしてしまう。
普段制服に隠れてわからなかったが、女性陣2人の見事なプロポーションと、日常では見られない肌の露出。

 


「サジ先輩が、まずは海で遊ぼうって。2人も来て。」
「お、俺はいい・・・。」
「バレーで対抗戦もあるんだって。8人だとちょうど偶数だから、必ず参加するようにって。」
「・・・・・・着替える。待ってろ。」

 


嬉しそうに頷いて、2人は退室。
合宿の荷物リストに水着があったのはこのためではないかと疑ってしまう。
カーテンを閉めて、2人も早速水着に着替えビーチへ向かった。
と、エメル(女性用水着着用)がルフェの水着をチェックしているところだった。

 


「ルフェちゃん、そっちの色にしたのー?黒いのオススメだったのにー。」
「布面積なさ過ぎですよ、アレ。」
「まあ白も可愛いけどー。マリーちゃんはピンク似合ってるよ。」
「は、恥ずかしいですぅ・・・。」
「ほほぅ。意外といいブツをお持ちじゃないのー!先生に見せてごらーん!」
「や、やめて下さい!」
「お二人さん、ガン見しすぎー。」

 


真横から声がして勢いよく女性陣から目線を外す。
サジがニヤニヤした顔で横に立っていた。
髪は濡れシュノーケリングが首にぶら下がってるので、もうひと遊び済ませた所なのだろう。

 


「サジ先輩・・・。頭にワカメ乗ってますよ。」
「む。ココロの仕業だな・・・。全員揃ったし、やるかバレーボール!逃げるなよリヒトー。」

 


逃げませんよ、と腕を組み口をとがらせたリヒトに苦笑するジノ。
本当は参加したくないのだが、先ほどの話もある。
何かあった時に対処出来るようルフェの近くにはいてくれるのだろう。
全員ビーチに集められ、サジ先導でバレーボール大会が始まった。
チームは2人ずつに別れるのだが、もちろん普通のバレーボールではない。
ボールは魔法具で、マナを込めれば軌道もスピードも変わる品だ。サジが私物として持ってきたのだろう。
遠隔操作は不可、触れた時のみマナを込めるルールで15点先取。
まずはサジ・ルフェチームとココロ・マリーチーム。
ちなみにココロは15歳の姿である。
審判はグランが務めることとなった。
ホイッスルが鳴って、サジのサーブでゲームが始まった。
ボールがまずマリーに渡り、おどおどしながらもトスを上げ、ココロが上手く会わせて相手チームのコートに叩きつける。
が、サジがニヤッと笑った。突然、ボールが跳ねてココロチームのコートに戻ったのだ。
遠隔操作は不可だが、ボールを触った時に時間差で発動する魔法を込めるのは有りらしい。
1点先取はサジチーム。
この魔法にココロのやる気に火が付いた。
ココロはサーブから本気を出した。超高速で放たれたサーブで1点。
今度はルフェがサーブをするが、サジが何か耳打ちをした。
頷いたルフェがゆったりとした動きでボールを持ち上げたが、離れた瞬間
重力が増したような一撃でココロチームコートの砂がえぐれて穴が空いた。

 


「ボールの中にマナを込めさせたな。さすがサジだぜ、ココロ相手でも余裕でやんの。」
「本気出せばあの人、今頃ナンバー3なのに・・・。」
「そうなんですか?」
「サジは自由を誰よりも愛してるんだよ。」
「上位者は色々仕事がありますしね。」
「此処に仕事をまったくしていない主席がいるがな。」

 


リヒトの厳しい突っ込みに聞こえないふりをしてルフェとマリーを応援するレオン。
試合は両者猛攻、どちらかが点を入れたら点を入れ返すという接戦ぶりを見せており、14対13。
次サジルフェチームが点を入れれば勝ち抜ける。

 


「ルフェも中々バランスがいいな・・・。マリーちゃんも小柄ながらいいものを持ってる・・・。」
「あーレオっちー。エロい目で見てるでしょー。」
「男が水着姿のギャルを前にして紳士で居られるかってーの。」
「エメルちゃんも可愛いでしょー?」
「おう、可愛い可愛い。」
「棒読み!!」


試合は、サジのスマッシュとボールに込めた何かしらのトリックによりサジルフェチームの勝ちとなった。
納得出来ないココロがもう一試合と駄々をこねたが、チーム交代。
リヒト・ジノチームとレオン・グランチーム。審判はエメルがやってくれることになった。
が、勝負はあっという間だった。リヒトはレオン相手だと虫の居所が悪くなるらしく、
サーブ以外はボールに触らせることなくさっさと試合終了。レオンが本気をまったく出さなかったのも敗因だ。
勝ったチーム同士で優勝決定戦をしようと言っていたら、大先生がバーベキューをやろうと声を掛けてくれた。
バレーボールは終わりにして、浜辺にバーベキューセットを組み立て、メインコテージから食料などを運び、遅めの昼食を取る。
串で刺された大きめの肉や野菜は、学校の食堂では味わえないほど香ばしくうま味が凝縮されている。
開放的な雰囲気もあって、皆楽しそうに食事を楽しんだ。
大食いのリヒトも満足そうだった。

 


「リヒトさん、野菜も食べて下さい。」
「食べてる。」
「ルフェちゃん、トウモロコシ食べる?」
「エメル、俺も食べたーい。」
「レオンは勝手に焼いて勝手に食べなさい。」
「冷たい!」
「サジくん!食べたら勝負しよっ!」
「いいぜーココロ。次は泳ぎ対決にするか?」

 


賑やかな食事を終え、食休みをしてからそれぞれまた遊びだす。
バーベキューの片付けはエメルと5学年3人組が手伝い、大先生とタテワキはまたメインコテージへ帰って行った。
海ではサジとココロが泳ぎ回り、リヒトはシートを敷いて砂浜で読書をしていた。
グランの姿は無かった。コテージへ戻ったのだろう。
私達も、と3人は海に入った。
足に水を付け、徐々に深いところへ。腰ぐらいの高さまでつかる場所で、ルフェは興味津々といった様子で水面を見つめる。
隙有り、と顔に水を掛けられた。
ジノとマリーがニコニコしながら水を掛けてくる。ああ、そういう遊びか、と理解してルフェも真似をする。
ただ水を掛け合っているだけなのに、自然と笑い声があふれ出す。
強い太陽光を吸収して、水が跳ねる度キラキラ輝いた。

 


「本当に海の水って変な味がするのね。」
「ルフェ、海に入ったのは初めてなのですか?」
「うん。」

 


彼女はずっと軟禁状態であったのを思い出す。
砂浜にあったビーチボールをマナで引き寄せて、ジノはボールで遊ぶことを提案する。
思いっきり遊ぼう、と3人がボールで遊び出すと、レオンとエメルも加わった。
今度は勝負は関係なく、皆で仲良くボールで遊ぶ。
途中休憩がてらエメルお手製のライムジュースとケーキでおやつを食べる。
仲良く談笑しながら、ルフェは浜辺で何かを見つけた。
貝殻だ。本で見たことはあったが、本物を手に取ったのは初めてだった。
白い表面はざらざらしていて、裏側には虹色の光沢がある。
なんて小さな工芸品なのだろうか。

 


「綺麗だな。」
「先生、」

 


いつの間にやらやって来ていたタテワキも同じようにしゃがんで、ルフェの隣で手の中の貝殻を見つめていた。

 


「昔、俺も海辺で見つけた貝殻集めてたな。知り合いの女の子はアクセサリーにしてた。」
「アクセサリー?これで?」
「エメルに聞けばわかるんじゃないか?そういうの好きそうだし。」
「いいですね。もっと集めて、アンナに送ってあげます。」
「・・・すまないな、友達に会う機会を奪って。」

 


次に、砂に埋もれたピンク色の貝殻を見つけた。
欠けた場所も無く、綺麗な状態だ。

 


「先生はすぐ謝りますけど、先生のせいではないです。私がこうして遊べるように、先生達が動いてくれたんですよね。」
「ほとんどは学園長先生の力だよ。」
「私、今凄い楽しいですよ?アンナには会えませんが、初めて海で遊べました。」
「そっか。」
「ジノとマリー、連れてきて大丈夫でしたでしょうか?また襲われたら・・・。」
「今は忘れて遊びなさい。その為に呼んだんだ。」

 


タテワキも、足下にあった赤い渦を巻いた貝殻を見つけて、ルフェの手に乗せる。

 


「あ、先生。あれカニですか。」
「そうだ。触るなよ。」
「動く姿は初めて見ました。本当にハサミ持ってる。これは、ヤドカリの抜け殻ですか?」
「かもな。」

 


太陽はだんだんと海の中に沈んでいく。
楽しい時間の終わりを告げるように、空は夕暮れに染まってゆく。
名残惜しいが、海でのお遊びはお開きとなった。
手の中にたっぷりと集まった貝殻と共に、一度コテージに戻りシャワーを浴びてから、
夕食はメインコテージで皆で一緒に取る。
大先生は本当に穏やかな人で、いろんな話をしてくれた。
魔法院の仕事で派遣された街での面白い話、出会った魔法使い、見てきた大自然の数々。
先生の話は絵本の物語を読んでる時のような、ワクワクさせる気分にさせてくれた。
聞いてる皆、目がキラキラしていた。
明日からの今日か訓練が楽しみになる。
片付けを済ませると、サジが花火をやろうと提案してきた。
疲れたから休みたいというグランとリヒトを引きずって、また海辺に集合する。
バケツをしっかり用意して、手持ち花火に火を付ける。
赤、青、黄色に緑。
夜に眩く浮かぶ色とりどりの火花が咲きだした。
この花火マナではなく火薬由来のものだった。
鼻につく焼けた匂いと咳き込みそうになる煙。
マナの花火は煙も出ないしもっと派手だ。
でも、ルフェにはこっちの花火の方が好きだと思った。
皆で花火を手に持って、わずかな時間だけ灯る花を楽しむと、笑い声がまた海辺に響き渡った。
サジとココロがはしゃいで打ち上げ花火を始め、派手な音を楽しむ。
レオンも悪乗りしだし、ネズミ花火を足下に放って、サジが慌てて逃げていくのを皆で笑った。
すすき花火が終わる度、次の花火をリヒトが手渡してくれて、火もつけてくれた。まるで保護者だ。
最後に、線香花火を持って、皆で膝をくっつけ合うようにしながらじっと見つめる。

 


「なんでこんな地味な線香花火を最後にやりたがるんだろう。」
「名残惜しさを誤魔化すためだよ。」
「花火はジパンの特産物だったねー。」
「サジ先輩、ジパンの生まれなんですか?」
「ばあさんがね。子供の頃はよく遊びに行ってたよ。」
「タテワキ先生もですよね?名前がジパンっぽい響きです。」
「お。さすがジノくん、よくわかったね。先生もクォーターだよ。じいさまがジパン。

俺のばあさんと兄妹なもんで、俺と先生は、はとこ。小さい頃はよく遊んでもらったよ」
「そうだったんですか?!」
「だからサジくんには呼び捨てなんだねー。」


話している間に、線香花火の先にあった小さな玉が砂に落ちて、ジュワっという小さな音を立てて消えた。
なんとも言えない寂しさと、暑さが過ぎた夏の夜を色濃く感じることが出来た。
花火は全て終わり、お開きとなった。
皆コテージに帰っていき、バケツは言い出しっぺのサジが片付けてくれることになった。
ルフェはまだコテージに戻るのがもったいない気がして、砂浜で満点の星空を眺めていた。
ジノとマリーも、当然のように隣に並んでくれる。

 


「街明かりが全くないから、凄く綺麗ですね。」
「うん。普段見えない星まで肉眼で見えるよ。」
「星を全て数えると魔女がやってくるんだっけ?」
「なにそれ?」
「知らない?子供の頃は、早く寝ないと魔女が魂吸いにくるって、散々脅されたよ。」
「魔女って、絵本とかおとぎ話に出てくる女の悪者魔法使いだよね?」
「そう。魔女に対する迷信結構あるんだよ。大人が子供に言いつけるための方便としてよく使われてるんだ。」
「私も、乳母によく言われてました。好き嫌いが多いと魔女が来ますよーって。」
「フフ。好き嫌い多かったのね。」
「い、今はなんでも食べられます!ナスは、ちょっと苦手ですけど・・・あとピーマンも。」

 

どんどん語尾が小さくなるマリーに2人はケラケラと笑った。
今日はよく笑った日だ。こんなに1日で笑ったことがないので、頬の筋肉がだいぶ痛くなっていたが、心地いい痛みだ。
学園の外が、世界が、こんなに楽しくて美しいなんて知らなかった。
強化合宿のためにこの島に来たのも忘れてしまうぐらいの体験だ。
自分が、未知の敵に狙われ
最悪の場合、また軟禁生活に戻る可能性があることも忘れてしまうぐらい。

 


「私、2人がいればこれからも頑張れる気がする。」
「フフフ。これからも一緒ですよ、ルフェ。」
「そうだね。もう不思議なぐらい離れられない関係になっちゃったからね。」

 


明日もあるから、と3人はコテージに戻った。
これから始まる合宿に向けて、初めの夜はとても平和でキラキラしていた。

 

*   *   *

僕はその時、外で遊んでいた。
同世代の子供がいない村だったので、遊び相手もおらず、
近所のおばあちゃんが作ってくれたふわふわ浮かぶボールを追いかけていた。
その辺りは平和で、穏やかで、子供をさらうような悪い人がいなかったので村の境に柵なんて無い。

あっちへこっちへ逃げるボールに夢中になって、隣のシャフレット村の近くまで来てしまったのに気づかなかった。
シャフレットは牛のミルクを分けてもらいに何度も来たことがあるので、別になんの問題も無かった。
こちらに来たついでに、裁縫屋のおばさんに毛糸で作ったぬいぐるみを見せてもらうのもいいかもしれない、

なんて思いながら、低空飛行をしだしたボールを見事キャッチすることに成功した。
その一瞬、世界は灰色の染まった。
本当に、瞬きの間だった。
周りは全部灰色で、前方からの凄まじい風に襲われ地面を転がってしてしまう。
雷が落ちる音と、悲鳴がすごく遠くで聞こえたような気がした。
ボールを抱いたまま顔を上げると、だんだんと灰色が消えていく。
灰色の世界の中で、僕は黒い影を見た。
爆風は消えて、視界が晴れてくる。
湖の水面に映る雪化粧した鋭利な山、美しい緑の土地を持つシャフレットは、跡形も無く消えてしまっていた。
あるのは、深くえぐられた地面だけ。
晴天の水色だけが、いつも通りだったので、夢でも見ている気分になった。
僕はボールをその場に捨てて村へ走った。
走りながら泣いていたかもしれない。何かを叫んでいたかもしれない。
幼いころから、両親に魔女について沢山聞いてきた。
魔女は魂を吸い取って食べてしまう。
早く寝ない悪い子が好物で、夜の世界から魂をさらいにやってくる。
煙の中で見た黒い影は、黒い髪をした美しい女性だった。
この世のものとも思えぬ美しさと、憂鬱そうな瞳。
魔女だ。
魔女がシャフレットを―――。

 

グランがハッと目覚めた時、そこは故郷の村では無く、海辺のコテージの中だった。
夏の強化合宿で、とある孤島に来ていたんだと、寝ぼけた頭で思い出す。
乱れた呼吸を整えながら、起き上がってベッドの上に力なく座る。
隣では遊び疲れてぐっすり眠るココロが、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
寝汗でシャツが張り付いて気持ち悪かった。
あの夢を見る度、体が冷えて震えてしまう。今は真夏だというのに。
窓の向こうから聞こえる波音が、今は苛立たしく感じる。
あれは夢なのか、しっかりとこの目でみた現実なのか、今はもう曖昧過ぎて覚えていない。
確かに自分はシャフレットのすぐ隣の村に住んでおり、シャフレットの大惨事を直接体感してしまった経験がある。
目の前で、昨日まであった日常が痕跡一つ残さず消えてしまったのだ。子供の自分には理解不能だった。
とにかく混乱して家に走って帰ったのを覚えてる。
それに―・・・。
シャフレットが消えた原因であろう大爆発の際に見た、あの黒髪の女性。
何かを見間違えたと言われれば、見間違いだったのかもしれない。
あの美しさは魂が抜かれそうな程だった。
幼い頃から魔女に対する恐怖を植え付けられたので、混乱による見間違えか錯覚だと思っていたのだが、
ルフェの存在がそれらを否定した。
ルフェという、アテナ女学院との交流会で出会った少女が、シャフレットの大惨事を引き起こした犯人だと知ってから
あの夢を繰り返し見るようになった。
幻覚の魔女と、ルフェがちょっと似ているような気がしたのだ。
トラウマという程では無いが、強い衝撃を受けた大爆発に対する恐怖と混乱が、あの少女と紐付けてしまったのだ。
ただの押しつけがましい逆恨みだ。
本の話であれだけ仲良くなった少女を、僕はすぐ裏切った。
彼女を見ると、あの魔女の姿を思い出すようになってしまったのだ。
魔女なんていないのに――――ー。
ふと、机の上に置いてある包みが目に入る。
綺麗にラッピングしてもらったそれは、ルフェに渡すハンカチが入っている。
夏休み初めの頃、学園で襲撃を受け彼女を守った際、怪我をした僕にハンカチを貸してくれた。
あのハンカチは血で汚してしまったので、新しいモノを用意してこの島まで持ってきたのだが
渡すタイミングが中々難しく、今日僕の手から離れることはなかった。
彼女は常に同級生と一緒にいるので、1人にならないもの敗因だ。
彼女は素直で、優しく、他人に好かれている。
わかっている。彼女が何も悪くないことは。
わかっているのに、体の奥から震えが湧き上がるのを止められないのだ。
膝にかけたシーツごと引き寄せて膝を抱えた。

明日になれば、渡せるだろうか―――。

 

 

 

 

 

 


本格的な強化合宿が始まった。
朝食を終えた一同は、海辺側の林の入り口に集められていた。
横に並んだ一同に、大先生が説明を始める。

 


「今から君たちには宝探しをしてもらいます。」

 


楽しそうなワードにココロはその場でぴょんぴょんと跳ねた。
今日は10歳の姿をしている。

 


「この島のどこかに宝を隠しました。皆で協力して宝を探して下さい。」
「ただし、様々なトラップも仕掛けてある。各自対処し目的を達成するように。
制限時間は昼食まで。全員トラップ等で全滅したらゲームは終了。
転移、通信は禁止だが、マナによる発煙弾、赤・青・黄色・緑・黒の使用を許可する。以上だ。」

 


タテワキ先生の補足にジノが手を上げた。

 


「宝の詳細は?」
「みりゃわかる。」
「宝を手にした人間が一位ということでしょうか。」
「順位は関係ない。宝を見つけた者がクリアというだけ。
もう質問は終わりだ。スタート位置に転送する。ブザーが鳴ったら開始ね。」

 


有無を言わさず、一同はライム畑のど真ん中に転送された。
さすがに、ライムが生えてるあたりに罠は仕掛けてないのだろう。
よっしゃー!とレオンが声を上げた。

 


「俺が速攻で宝見つけて終わらせてやるぜ。」
「聞いてなかったのか脳筋。順位は関係ないとタテワキ先生が言っていただろう。」
「だとしても一番がいいだろうが。」
「どんな罠があって、この訓練にどんな意図があるかわからない。去年の合宿でも大先生は――」
「細かいことは気にすんなよ、心配性。まずは暴れよう――イテっ!」

 


レオンの顔にリヒトがマナの塊を当てた。
綺麗な顔が苛立っているのに、ジノはまずいと思ったが止められなかった。
その傍らで、ココロが両手を上げた。

 


「わーい!僕も宝探し頑張るー!」

 


ブザーが鳴り響いた。
あれが開始の合図なのだろう。
それを聞いた途端、ココロが走り去ってしまい、レオンがリヒトから逃げるようにアセットで飛び去ってしまい。
盛大に舌打ちしてリヒトもくるりと向きを変えて行ってしまった。
残ったのは、5学年3人組とサジ、グランだけだった。
サジがやれやれと首を左右に振った。

 


「協調性のない奴らだねー。あいつらはとりあえず放っておこう。ジノ先生、どう思う?」
「ぼ、僕ですか?」
「君の頭脳は信頼しているんだー。あのリヒトと仲良くなれるぐらいだしー。」
「サジ先輩に言われると嫌味ですが・・・。現段階で言えるのは、ある程度の人数で進んだ方がいいという点でしょうか。
先生は、順位は関係ないと言っていたので、どこかしらに意図かある気がします。」
「だな。俺達一緒に動くなら、二手に別れよう。島は広いからね。皆それでいいかな?グランは?」
「先輩に従います。」
「OK。じゃ、俺とルフェちゃん。残り3人。ジノくん、何か気づいたら発煙弾使おう。」

 


サジがジノに発煙弾の指示をする。
魔法院で使われる発煙弾はそれぞれの色に意味があるらしいが、サジオリジナルの伝達方法を使うようだ。
まずは二手に分かれて手がかりを見つけることにした。
宝が地面に埋まっているのか、空に浮かんでいるのか
そもそもどんな形なのかがわからない。
この広い孤島を全てくまなく探すには時間がかかる。
サジルフェは島の南東、ジノ達は北西を調べることになった。
ライム畑を抜けて、サジはアセットで飛ぶ事を提案し2人はホウキ型に変形させ辺りを探ることにした。
まずは南へ。
この島の居住区は主に南西にあるコテージ群と北西にある本コテージのみで、

東にある港以外はライム畑か草原、ちょっとした山と崖しかない。

見晴らしがいいのはありがたいが、宝が緑に擬態させられていたらかなり見つけづらい。
南側の小高い山の上を飛ぶが、特に異変やマナの反応もないので東の港にホウキを向ける。
と、港に向かう途中の草原が急に盛り上がった。
地面から急に飛び出してきた何かを2人は器用に避け、高度を上げた。
突如として現れたそれは、魔法植物だった。
中央に毒々しい色をした花があるが、花には口があり、細かい刃が付いており、腕らしき太い蔦が2本、他無数の触手が確認出来る。


「あれ人食い植物じゃない。捕まったら食べられちゃう―といっても訓練用の疑似態で偽物だろうけど。」


なら食べられても安心か、などとのんきな事を考えていたら
高速で触手がルフェめがけ飛んできて、簡単に足首を捕まれてしまいアセットから振り下ろされた。
凄まじいスピードで本体へ引きつけられ抵抗する間もない。
サジが手から炎の魔法でルフェを捕らえる蔦を切り、急に自由になったルフェは

慌ててネックレスに戻ってしまったアセットに力を込めホウキに戻し、うねる触手の間を抜けるように飛ぶ。
ルフェに迫る蔦はサジが焼いてくれたが、そのサジにも遠慮無く触手は襲いかかる。
キリがない、とルフェは飛びながら全身をマナの膜で覆った。
膜に触れた触手から高密度のマナに消し炭にされていく。
高度を保って地上を見ていたサジは、焼いたり消したりしたはずの触手がまた再生されるのを見た。

 


「ルフェちゃん、キリがないから逃げるよー。」

 


はい、とルフェはサジの高さに上がると2人揃って港の方へ飛ぶ。
後ろを確認すると、本体の花は動かない。


「追っては来ないようですね。」
「ってことは・・・、やっぱり次が来た。」

 


サジが前方を見ながら呟いたので、ルフェも顔を前に戻すと、
今度は前方からマナで作られた半透明の鳥が無数に襲いかかる所だった。
羽を縮こませ、高度を下げくちばしを突き刺そうとしている。
マナの高圧の膜でサジごと包む。
ルフェのマナは一際密度が高い。マナで作られた疑似態はやはり膜に触れた途端消えてしまったのだが
粉々になったはずの鳥が、破片ごとに再生し、一回り小さな鳥になった。
一羽の鳥から4,5羽の小さな鳥に分裂したのだ。
どうやら完璧に消さないと、どんどんと分裂し増える仕組みらしい。
一度2人を通り過ぎた鳥たちが、迂回し、今度は背後から狙ってくる。
ルフェに膜を解くよう命じたサジは、お得意の折り紙の鳥を敵と同じ数だけ出現させ、

折り紙のくちばしで飲み込む事で敵を消していく。
あれだけの数を全て確実に当てるなど、相当の集中力とコントロールがいるはずなのだが
サジはホウキに乗ったまま、後ろ向きで行っている。
この人の能力値は本当に高いのだとルフェは実感した。
空中に、発砲音が響く。ジノの発煙弾だ。
西の森から上がった信号の色は、黄色。

 


「向こうもトラップに足止めくらってるって。」
「一度合流しますか?」
「いや、どうやらトラップの敵は倒す事が出来ない仕組みらしいし、倒すのは目的で無いらしい。」

 


港の手前に、先ほど襲われた魔法植物の大花が控えていた。
鳥の相手をしてる内に移動したのだろう。
植物を迂回しようと海側にホウキの先を向けた時、植物の太い腕が2本同時に何かに撃たれ爆発した。
地面をよく見ると、褐色肌の大男―レオンが植物の後ろから攻撃を繰り出していた。
凄まじい威力とスピードのマナを連続でぶつけられ、植物は内側から爆発。触手の先にまで爆発の火は行き渡り消滅した。
得意げなレオンが空中の2人に何か言っていたが、その僅か数秒後。
魔法植物はその場に完全復活した。
今度は標的をレオンに変えたようで、花はレオンを向いている。

 


「ちょうど良い。あの植物はレオンに足止めしててもらおう。」
「大丈夫でしょうか。」
「あいつなら余裕だって。いいストレス発散になるでしょ。」
「何度も再生されたらストレス溜まりそうですけど・・・。」
「ハハハ。単独行動したヤツが悪い。」

 


サジが右手に杖を造り、光の魔法を込めた。
黄色い玉が杖先に宿り、杖を振ると光が粒となって飛散。
前方やや右側に飛んだ光が空中で弾けて派手に火花を上げた。

 


「お、痕跡発見。降りてみよう。」

 


光が弾けた真下に着陸する。港から少し東にいった、岩肌むき出しの部分と草原の境目辺りだった。
島の際が近いので、海風が強く、岩壁に当たる波しぶきがよく見える。
一見何もない草原なのだが、サジがまた光の玉を空中にぶつけると、2人の数歩先で何かに当たり弾けた。
見えない何かにゆっくり近づきながら、サジが手の平を向けマナを込めてみる。
すると、金色の線が空中に走り、祭壇らしきものが浮かび上がってきた。
徐々に輪郭を得て、不思議な模様を刻む長方形の上に、魔法陣が金色の線で描かれ、陣はゆっくりと回り始めた。
これは何かと訪ねようとしたところ、再び島の西辺りから発煙弾が発射された。
色は黒。空に走る線を見て、サジは1人納得しながら腰に手を当てた。


「これは、クリア難しそうだなー。ジノくんも苦戦してるみたいだ。」
「どういうことですか?」
「発煙弾の色は魔法院での信号と同じだけど、ジノくんに指示したオリジナルは3色。赤は集合せよ、黄色は発見、黒は予想通り。」
「予想?」
「俺もジノくんも、今回の宝探し訓練の目的は、皆で力を合わせるためなんじゃないかと予想を立ててたんだよね。
8人全員ってが条件なら、全員で何かを行う必要があるとか、全員同じ場所に立つとかって行為がヒントもしくは鍵だと思ったわけ。
もちろん、ただチームワークを試して一緒に動くって可能性も考えたけど、これを見て確信したよ。
この装置は一般的なマナの通電装置なんだ。きっと島に8個配置されてるはずだ。

それを全て見つけ出して、全員で同時に押すと宝が出現する。」
「・・・これを見ただけでそんなことまで・・・?」
「気づいたのはジノくんが先だよ。黄色の信号上げただろ?先にこの装置を発見したんだろうね。」
「先輩も十分凄いです。」
「ルフェちゃんに褒められると照れちゃうなー。さっさとバカ共に伝えて装置を探させよう。」

 


装置から離れ、魔法植物と戦っているであろうレオンの元に戻ろうとすると
3度目の発煙弾が上げられた。色は緑。
それを見て、サジが訓練が始まってから初めて、苦い顔をした。
まずいぞ、とアセットのホウキにまたがるので、ルフェも慌てて後を追い空を飛ぶ。
先ほどレオンが居た場所に、レオンも魔法植物もいなくなっていた。

 


「先輩、緑はどんな意味なんですか?」
「分断。レオンが居ないってことは、そういう事だろうねー。ちょっとストレス溜めすぎたみたいよ?」


リヒトの顔が浮かぶ。
ライム畑の上を北西へ向けて飛び、本コテージを囲む林の入り口辺りで人影がいくつも見えた。
時折、激しくマナがぶつかった時の発光現象も見られた。
あちゃあ、とサジが頭を抱え、ジノ達の姿が見えてきて地面に降り立った。
ジノ達が見守っていたのは、レオンと戦うリヒト・ココロ(15歳の姿)であった。

 


「レオン、さっき島の南東側に居たのに・・・。」
「転移トラップにでもかかったんでしょ。で、ジノくん、装置いくつ見つけた?」
「まだ3つです。」
「優秀!俺1つ見つけてとりあえず合流しに来たんだ。こいつらほっといて、先にあと4つ探そうよ。場所の共有もしたい。」


え、でも・・・と殺意高めに戦う3人の方を指さすジノ。
お互いのマナをぶつけ合ってる彼らは、学園の上位成績者。
学園内と違って力を放出出来る分、喧嘩にしては攻撃は凄まじく地面がえぐれ始めている。
2人相手に余裕の笑みを浮かべているレオンだが、防戦一方なのは外野でも見てわかる。

 

 

 

「ああなったら止められないって。本当リヒトくんはレオン相手だと冷静さを失うっていうかさー。ココロはいつも通りだけど。」
「協力が目的の訓練なら、止めた方がいいと思います。」
「ジノくん、任せた。」
「ええ!?」
「リヒトと仲良しでしょー?彼だけでも引き抜いてみてよ。グランも止められる?」
「僕は無理ですよ。6番目ですから。」
「5学年の僕はもっと無理ですけど・・・。」
「私がやる。」

 

サジが驚いている間に、ルフェが進み出た。
3人が戦っているフィールドギリギリに立って、マナを込め始めた。
純粋なマナを高めていく様を見て、ジノとグランが本能で気づいて後ろに下がるよう叫ぶ。
2人は、ルフェがウィオプスを退治した時と同じ量のマナを込めていると気づいたのだ。
彼女の髪が逆立ちだし、風が巻き起こり始める。
辺りが白く光りだし、気づいたココロが受けて立つとはしゃぎ、レオンとリヒトは硬直した。
マナが爆発し放出されるかと一同は身構えたが、彼女のマナが急激にしぼんだ。
ルフェ自身も、放出させたマナが消えたことに驚いて、自分の手を見つめる。

 


「はいはーい。爆発禁止ですよーイェーネさん。」

 


空からタテワキ先生がゆっくりと落ちてきた。
相変わらずアセットも何も使っていない生身のままである。
タテワキが地面に降り立つと、隣に大先生も現れた。

 


「イェーネさんが暴走しかけたので宝探しは中止。君たち全員、初日の訓練失格ね。」

 


俺達も!?とサジが抗議の声を上げたが、一歩前に出た大先生の気配に押され押し黙った。
顔は普段通りニコニコと笑っているのに、見えない圧力に何も言えなくなる。
それは喧嘩をしていた3人組も同じようだった。

 


「ずっと君たちの動きは見せてもらってましたよ。
まず、サジくんジノくん。君たちの洞察力と推理力は素晴らしい。たった一瞬でこの訓練の本質を見抜き、
サジくんは咄嗟の指示と信号の使い分け、見事でした。
でもね、初手から仲間の分断を黙認してはいけないよ。あそこで説得して一緒にやろうと声をかけるべきでした。」

 


次に、とレオン達3人に顔を向ける大先生。


「喧嘩した事については、もうわかってるみたいですから、あえて言いません。
ただ、この訓練は最初から最後まで力を合わせて進まないとクリア出来ない仕様になっていました。
なので、君たち3人は初手から失格でした。
たとえ個人プレーを要求される場面でも、まずは仲間と作戦の1つ決めておかねばならないよ。
此処が平和で大人に守られた孤島ではなく、敵陣の真っ只中だったら君たちもう死んでますし、仲間も殺してます。」

 


穏やかな声で、縁起でも無いことを言われ普段ポーカーフェイスのリヒトもさすがに表情を崩した。
他の生徒も同様で、急に恐ろしいことを指摘されマリーなんて泣き出す一歩手前だった。
ただ1人、レオンだけはいつもの気の抜けた笑顔で大先生に反論した。

 


「でもよー大先生。戦場を想定した訓練したところで
俺達全員が魔法院に就職するわけじゃないでしょ。敵と戦う事無く就職するなら、チームワークなんて意味ないし
もっと将来役に立つマナの使い方教えてもらった方が為になるんじゃないっすかねー。」

 


タテワキ先生が黒縁眼鏡の縁を中指で上げた。
あ、あれは怒ってる。
と付き合いが他の生徒よりあるルフェは瞬時に理解した。

 


「コルネリウス君。君は合宿参加初めてだったよね。」
「そうッスよ。」
「世界はそう簡単には回らないよ。それは貴族筆頭コルネリウス家の坊ちゃんが一番わかってるんじゃないかな。
それに、家の言うとおり操り人形になるのが嫌で、クロノス学園に反対を押し切って入学したのではなかったのかい?」

 


レオンの空気が一瞬で怒りのオーラに包まれた。
あんな表情のレオンを、ルフェは初めて見た。
いつも穏やかというか、ひょうきん者を演じていたのに、怒りや敵意をむき出しにしている。
大先生がまた語り出す。

 


「いいかい、君たち。君たちは優秀な魔法使いだ。魔法使いは、魔法院の招集は断れない規則になっている。
今後、例えばウィオプスの大量出現で一般魔法使いまで戦場に駆り出されるなんて最悪の事態が巡ってくるかもしれないんだよ。
最近は、ずいぶん平和になったから皆忘れているようだけどね。
敵は、ウィオプスだけじゃないんだよ。この世界は。」

 


不思議な予言を残して、大先生は午前の宝探し訓練を終わりにすると告げた。
また昼食で、と穏やかに笑ってから、転移魔法でその場から去った。
そこに残ったのはなんとも言えない気味悪さと気まずさだった。

 

 

 


 

 

 

 


この合宿中、食事は全員一緒に本コテージでとる決まりになっているため
先ほどの宝探し訓練で重い空気になっていても、全員本コテージの食堂に集まらねばならなかった。
大先生はいつもの穏やかな調子で生徒達と和やかな会話を楽しんでいたが
リヒト、レオンはかなりご機嫌ナナメのようで、仏頂面のまま淡々と食事をとっていた。
何か話しかけた方がいいのか、放っておいた方がいいのかわからないまま、ルフェは何も出来ず昼食が終わってしまう。
片付けは当番制で、今日はココロとグランの為残りのメンバーは午後の訓練まで自由行動となる。
重たい空気の昼食を終え、エメルが入れてくれた食後のお茶を飲みながら、ルフェはため息をこぼしてしまった。


「もールフェちゃんまでため息こぼしてー。午前の訓練は散々だったんだってー?
この合宿初日は大体こんな感じだから気にしないでいいわよ。」
「そうなんですか?」
「そ。宝探しゲームでしょ?毎年、参加者は精神的にも能力的にも打ちのめされちゃう伝統行事よ。」
「大先生、意外と意地が悪いのかもねー。」

 


肘をつきながら言うサジに、聞こえちゃいますよ、とジノが慌てて止める。
大先生は2階の書斎に戻っては居るが、この島の主だ。聞こえてても不思議では無い。

 

「それよりさ、大先生が言ってた、ウィオプス以外の敵が気にならない?」

 


5学年3人組とエメルに、やけにウキウキした笑顔を向けるサジ。
この先輩が真面目とは遠い場所にいる人だと、皆気づき始めていた。
エメルは何か知ってるようなので、片付け手伝わなきゃ、とわざとらしい言い訳をしてキッチンに逃げてしまった。
気にせずサジが続ける。

 


「現代は魔法院の統率力が上がってるおかげで目立った報告ないけどさ、

一昔前だと、オークやゴブリンとか古代生物の被害がよくあったろ?

反魔法院勢力なんかも暴れてた時代もあったって聞いたことあるなー。」
「でも、現代の敵はやはりウィオプスぐらいなのでは?」

 


ジノが首を傾げるルフェの為に説明をする。
ルフェはそもそも世間を知らないので未知の話なのだが、昔は本当にオークなどの被害はよくあった。
ゴブリンによる人さらい、小妖精のいたずら、精霊と人間の土地争い。
生物間競争も多発していたが、魔法院が今のような力を持ってからは種族の完全な棲み分けと、人間社会への守りが強化された。
防衛軍による徹底した管理と守護により、他種族が人間界にちょっかいをかける事がなくなったらしい。
報告されてないだけで辺境の地では小さないざこざはあるだろうが、街の比較的中心部に住んでる人間にとっては平和そのもの。
唯一防衛軍の手から漏れる事件は、今ではウィオプスぐらいだとジノは話を結んだ。

 

 


「昔から、魔法院は秘密主義とも聞くじゃない。肝心なことは一般人には教えず隠してるって。」
「だから大先生は若い世代にそれを忠告してるってことですか?院にばれたら合宿どころじゃなくなるのでは?」
「継続してるってことは、大先生の仰ってることは、問題ないのでは・・・?」
「世界はそう簡単には回らないってのも、気になりますね。」

 


サジは、先生が言っていた驚異の敵よりも、隠された事実を解き明かす楽しさの方が勝っているようだった。
どこか楽しげにジノとあれやこれやと語りあっている。
ルフェはというと、合宿メンバーがバラバラになってしまったことの方が問題だと感じていた。
昨日は海に花火にあんなに楽しかったのに。
レオンとリヒトも、普段から仲が良いとは決して言えないが、それでもお互い目的の為には歩幅を合わせていたのに
この島に来てから、2人はどこか苛立っていた。
夏休み前に、学園で喧嘩をしたというわけじゃなさそうなのだが・・・。
苦い感情も一緒に飲み込んでしまったのか、紅茶は苦く感じた。

 


そんなルフェの不安を知ってか知らずか
大先生が言い渡した午後の訓練は、タテワキとの1対2の実践訓練であった。
島の南側、コテージがある林を抜けた草原で一同は集まっていた。
マナで簡単な円が地面に描かれ、対戦フィールドが展開してある。
仮想空間と同じような原理で、中で放たれた攻撃は円の外側に出ることは無いので他の生徒は安全な仕組みだ。
大先生が、相変わらず後ろに手を組んだ姿勢のままタテワキに告げる。


「レオン君・リヒト君ペアね。」

 

午前の訓練で険悪となった2人の指名に、若干空気が張り詰めた。
指名された2人は何も言わずフィールド内に入る。


「トーマ君。本気出していいよ。」
「本気ですか・・・。もう長らく本気出してませんが。」
「大丈夫。怪我はしないように体を入れ替えておくから。」
「わかりましたよ・・・。めんどくさいなぁ。」

 


ぶつくさ言いながらもタテワキもフィールドの中に入る。
レオンとリヒトは、タテワキが高位魔導師だと知っているので、お互いへの恨みは忘れタテワキを警戒した。

 


「今回は協力しろとか言わないから、好きに攻撃してきていいよ。」
「先生も怪我しない仕組みなんすか?」
「いや、俺は生身だね。君らの実力じゃ怪我しないから。」

 


ずいぶんなめきった台詞に2人の眉がつり上がるのが見えた。
そういうとこは仲良しなのにな・・・。
大先生が開始の合図を鳴らした。
リヒトとレオンは先手を打って、マナの塊を投げ始めた。
レオンは大型で赤いマナの玉を、リヒトは小型で高速の白い弾丸を振らせる。
上位二名の高濃度なマナの圧縮弾だったが、タテワキは杖を簡単に振るっているだけで涼しい顔をしていた。
攻撃は一切タテワキに当たらず、片手はポケットに入れたままという余裕の姿勢だった。


「クロノス学園のトップ2も大したことない・・・とか言ったら学園長先生に怒られるかなー。」
「ずいぶんナメてくれんじゃねぇの先生!」
「そりゃあね。こんなに弱い攻撃―」

 


言葉の途中で、レオンの大型攻撃玉に隠れて発光する玉がタテワキの目前で爆発した。
目くらまし用に発光弾だ。まともに見てしまった面々は目をつぶるか腕で視界を防がざる負えなくなる。
フィールドから攻撃はもれないが、爆風は通り抜けるようで、圧の掛かった風を腕で避けていたルフェが再び顔を上げた時
光りの鞭で首を絞められ宙に浮いているレオンとリヒトの姿が見えた。
地面から伸びている鞭は本気で首を絞めてはないようだが、2人が暴れても引っ掻いても緩まる気配はない。

 


「トップ2がこのザマか・・・。クロノス学園の生徒1400人に申し訳ないと思わないのかい?」

 


タテワキ先生、悪役似合ってるな。などと見当違いの感想を抱いてしまうルフェと、顔を青ざめて小さな悲鳴を上げるマリー。
彼女には刺激が強すぎた用だ。
普通の生徒には、タテワキ先生はやる気の無い新任の先生なので、あんな攻撃的な先生に面食らっているのだろう。
ルフェは先生の鬼畜さに慣れているが。
リヒトがもがきながら、手にマナを溜め縄に直接打ち込む。
2,3発放つと縄が切れ、地面に着地する前にタテワキに向け数発マナを放った。
タテワキが軽くそれらを払うが、今度はその中に煙幕弾が仕込まれていたようで、フィールド内が煙が満ちて視界がゼロになった。
外野からは何が起きてるかさっぱりわからなかったが、中から衝撃音がいくつか響いた。
煙が止んだ時見えてきたのは、アセットの大薙刀を持って膝から崩れるレオンと、片腕を押さえるリヒトの姿だった。


「怪我はしないけど痛みはあるみたいだねー。」
「ねぇねぇ!あの先生何者なのー!チョー強いじゃん!」

 


ぴょんぴょん跳ねるココロには、痛そうにしながらなんとか立っている2人の姿は目に入っていないようだ。

 


「午前の訓練で大先生が仰ってただろ?協力するとかは考えないわけ?」
「確かに、事態が急変し俺達が戦場に派遣される可能性はゼロではありません。
ですが・・・俺は企業への就職を決めていて、卒業試験を待つだけなんです。世界の敵がどうこうより、そっちの方が大事だ。」

 

それは一瞬の出来事だった。
外野で見ていたルフェは目で追えなかった。
タテワキ先生が立っていた場所から消え、リヒトの体が宙に上がり、レオンがフィールドの壁に蹴り飛ばされる。
マナではない。ただの体術だった。
2人の体が地面に落ちる前に、魔法植物を呼び出し、触手で2人をきつく拘束した。

 


「こんな失態をさらして、卒業出来るのかい、キルンベルガー君。」
「・・・くっ。」

 


レオン君、と大先生がフィールドの外から問いかける。

 


「上には上がいるのです。こんなところで、のんびりしていていいのかい?」

 


そう優しく問いかけられたレオンの顔は、ルフェからは見えなかった。
植物は消え2人は解放。フィールドの円も消えた。
地面に着地した2人は、相当な痛みを負ったのか、しばらく膝をついたまま立ち上がろうとはしなかった。
タテワキが2人の前に立ち、2人にしか聞こえない声で言った。

 


「非常に残念だよ、2人とも。君たちはルフェのために合宿に参加したのだろう。
昨日から私情しか感じられない。色々事情はあるだろうがね、か弱い女の子1人守れずに自分の道を進めるわけないだろ。」

 


そう言い捨ててタテワキは大先生の元に移動し、2人はエメルが手当するため本コテージに転移させた。
さて、と大先生が手を叩く。

 


「次はー」
「はい!ボク!ボクとやらせて!」
「積極的でいいですねココロ君。じゃあもう1人は、マリーさんで。」
「ひぇ!!?わわわわ私ですか!?」

 


まさかの指名にマリーは体を大きく跳ねさせ、驚きで顔が赤くなったり青くなったりを繰り返す。
困惑する彼女の腕を引いて、ココロがフィールド内に連れて行ってしまった。
再び円が光り、フィールドが形成され、まだやるのか・・・とボヤきながらタテワキがまた円に入る。

 


「アルトマンくん。悪いけど、合図するまで動かないで。」
「なんで?」
「いいから。これ破ったら本気出してあげないよー。」
「わかった!動かない。」

 


大先生が合図を鳴らす。
その後の行動にルフェもジノの面食らって絶句した。
先生が、突然マリーだけを狙ってマナを次々打ち込み始めたからである。
威力は強めの高速弾ラッシュ。マリーの悲鳴が聞こえて無意識に一歩生み出したルフェをジノが止めた。
地面もえぐれたようで土煙が上がる。
土煙が止んでそこに居たのは、紫の目をもった少女ーヴァイオレットだった。
ヴァイオレットはアセットの棍棒を構え先生を睨み付け悪態をつき始めた。
2人は、先生がわざとヴァイオレットを呼び出すための行為だったと安堵したが
グランとサジはかなり困惑していた。

 


「え!?何?あれがマリーちゃんの本性!?」
「話せば長くなるんですが・・・マリーのもう1人の人格とでも思って下さい。」
「二重人格だったの?」
「正確に言えば、あれはマリーのお姉さんヴァイオレットです。」
「わー。全然わかんない。」

 


マリーは苛立たしげにタテワキが放つマナを打ち返し、ココロはマリーの変貌に驚くよりも喜んで、一緒にタテワキを相手していく。
レオンリヒトコンビよりは協力してタテワキを追い詰めるべく動いている。
ココロは、好戦的な少年かと思ったのだが、意外と―といったら失礼なのだが―頭がいいようで
ヴァイオレットの攻撃特徴を瞬時に掴みサポートに回り、タテワキのまだ本気とは言いがたい攻撃も油断なく警戒しつつ対応していく。
周りの人間には、ココロが補佐役を進み出たことに驚きを隠せなかった。
大喜びでタテワキに向かっていくかと思ったのに。
ヴァイオレットは苛立たしげにタテワキの攻撃を避けたり打ち返したりしながら徐々に距離を詰めていく。
力自慢で度胸がある彼女は攻撃が当たるのを全く恐れていないように見えた。
先生は近づくヴァイオレットの対応をしたいのに、ぴょんぴょんと動き回るココロの縦横無尽な攻撃の対処に追われ始めた。
これはもしや・・・と一同が期待を持ち始めたのだが、またしても体術でココロを地面に落とし、ヴァイオレットは魔法植物で拘束した。
終わりです、と大先生がフィールドを解いたので訓練は終了。
最後にグランとサジと先生が戦ったが、やはり魔法植物で拘束され最短で試合は終わらせられた。
ルフェとジノは戦力不足につき今回は不参加となり、早々に午後の訓練は終わりとなった。
ヴァイオレットはマリーに戻り、ココロは意識が飛んだらしくエメルの元に転送され、先生達は先に本コテージに戻った。
首を打ち付けられたグランが痛む箇所を撫でながらのろのろと歩きだす。


「あの先生何者ですか?実技の先生より強いですよ。」
「たぶん、隠すつもりはないのでお教えしますけど、タテワキ先生は高位魔導師です。」

 


ルフェとサジ以外の全員が驚きの声を上げた。

 


「私を監視、指導するために魔法院から派遣された教員免許を持ってる高位魔導師で、普段の先生はいつもあんな感じですよ。」
「あれだけ強いのも納得ですね。レオンとリヒトがあんな簡単に負けちゃうの、おかしいと思ったんだ。」

「オレは久々にハトコと戦えて楽しかったかなー。」


上級生はそれぞれ驚きを見せながらも感動があったようだが、
逆にジノとマリーは監視という単語に不安そうな顔を見せた。
ルフェがすぐ否定する。

 


「私の暴走を止めるためにいてくれるだけで、先生は私の味方だから安心して。」
「よかった・・・。魔法院からって聞いて嫌な感じがしたんだ。」
「俺としてはマリーちゃんの豹変の方がびっくりなんだけど。女番長みたいな顔してたよ。」
「ば、番長!?」

 


帰り道を利用して、ヴァイオレットの説明をする。
その間、ジノが不思議そうに呟く。

 


「何故先生は、ヴァイオレットを出したんだろう。」
「え?」
「あの訓練は、能力把握と弱点の見極めを行ったんだと僕は予測してるんだ。
とすると、ヴァイオレットに依存しないようにマリー自身の力を付けようと普通なら考えるんだけど・・・。」
「別の狙いがありそうね。さっきの訓練、何も説明無く先生と戦えって指示だけだったし。
ジノの訓練しなかったのも、本当の目的に気づかせないためじゃないかな。」
「いや、ただ僕がこのメンツで一番弱いって知ってるからじゃないかなぁ。マナの量も威力も普通だから。」

夕食に本コテージに集まった時、何故かレオンもリヒトも包帯やシップが目に見える場所に貼ってあった。
午後の訓練は痛みだけで怪我はしないはずだ。
それはどうしたのかとルフェが訪ねても、2人は言葉を濁して何も教えてくれなかった。
夕食の空気もどこか微妙で、レオンはさっさとコテージに戻ってしまった。
解散となり、ルフェは砂浜で座り込んでいた。
夕日は沈んでしまったが、まだ水平線付近はオレンジが残っており、チラチラと見え始めた星達が頭上で輝いている。
まだ明るい浜辺で波の音を聞きながら、日中焼けた空気が夜のひんやりした風と混ざり吹き抜けてゆく。
1人黄昏れていると、片付け当番だったジノとマリーがやってきて、隣に並んでくれた。

 


「どうしたの、ルフェ。」
「ずいぶん思い悩んでる顔をしてましたよ。」

 


はい、と片付けのご褒美にエメルが暮れたお菓子をお裾分けしてくれた。
クッキーを食べながら、穏やかな海を眺める。

 


「初日に沢山遊んだじゃない?バーベキューとか、花火とか。」
「楽しかったですねー。」
「うん、私もすっごく楽しかった。なのに、今日はずいぶん沈んでるなって。」
「リヒトさんも主席も、何かあったんだと思うよ。立場的にも色々ある2人だから、ルフェが悩んでもしょうがないと思うけど。」

 


ジノの助言に煮え切らない声を漏らす。

 


「ルフェはどうしたいのですか?」
「うーん・・・。合宿に来てマナの勉強しなきゃいけないのはわかってるけど、昨日みたいに皆で楽しくいたいなって思うよ。」
「大先生も初日にチームワークの話してたし、それはいいかもしれないね。」
「楽しく過ごす方がいいにきまってますよ、ルフェ。何かやるなら、手伝いますよ。」
「もちろん僕も。知恵の方で手を貸せると思うし。」
「2人とも・・・。」

 


ニコニコ笑ってくれる2人に抱きついた。
前にもこんなことがあった気がする。
この2人はいつだって自分を助けてくれる。2人がいれば、何でも出来る。

 


「考えよう!この合宿を楽しく終われるように。」

 


まずはトップ2をどうにか仲良くさせられないかと、頭を会わせて考える。
気づいたら就寝時間になっていて、見回りのエメルに言われそれぞれのコテージに戻ることになった。
また明日考えよう、とジノは2人と別れた。
コテージの扉を開けると、リヒトはベッドに腰掛け何かを考えているようだった。
ジノが近づいてきて、ようやく顔を上げる。

 


「シャワー浴びてないんですか?体中に土付いてますよ。」
「ああ・・・。すまない。」
「何をしてるか知りませんが、ルフェがかなり心配してますよ。リヒトさん、普段と様子違うから。」

 

再びすまない、とか細く謝ったリヒトは目を伏せてしまった。
腕に巻かれた包帯に、頬に張られた湿布。彼らしくないもがきをしているようだ。

 


「僕に謝らないで、ルフェに謝ってください。大体、非常事態が起きているから彼女を守るように周りを見ようって
昨日決めたじゃないですか。」
「そうだった・・・。」
「イライラは、解消しました?」
「少し。」
「なら明日から、リヒトさんだけでもいつも通りに戻って下さいね。僕はルフェを守りたくても、力が無いんです。」
「・・・お前の知識と洞察力は信頼してる。動くのは俺、だな。」
「はい、そうです。わかったら先にシャワー浴びてきてください、先輩。」
「お前、最近俺のこと先輩だなんて思ってないだろ・・・。」

 


そんなことないですよ、とリヒトをシャワールームに押し込む。
1人になって、盛大にため息をこぼしてベッドのシーツに体を埋めた。
ジノは今日1日の訓練で、非常事態とやらがよほど急を要している気がしていた。
タテワキ先生がトップ2をわざとたきつけたのは何故か。
大先生が初日にチームワークを議題とした訓練を行い、尚且つ魔法院の的について示唆したのは何故か。
午後の訓練にいたっては、生徒の戦力を測ってたように感じた。
これは強化合宿ではない。きっと何人かは気づいている。
ルフェに何かが起きたのだろうか。
彼女を僕たちから引き離そうとしている可能性だってある。
知らない事がこんなにもどかしいだなんて、ジノは知らなかった。
嫌な予感がする。
その予感が目の前にやって来た時、自分は何が出来るのだろうか。

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