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❀ 2-11

ライム島に来て3日目
強化訓練でいうと2日目

 

この日はグループに分かれての授業となった。
内容は様々で、ジノとサジは大先生の書斎で書物をひたすら読むことに専念。
ココロ、サジ、グラン、マリーは島にあるトラップを1つずつ解除しながらゴールを目指す島全体を使った障害物レース。
ただしマリーはヴァイオレットへの入れ替わり禁止を告げられ、ヴァイオレットが出てきた瞬間振り出しに戻される。
リヒトとレオンは2日目午後と同じように、1対2でタテワキ先生相手に実技訓練。
ルフェはというと、浜辺でエメルとアセット訓練となった。
裸足のまま、波打ち際で足を水に浸しアセットを構えるが、エメルはちょっと面倒くさそうにアセットをぶらぶらと振る。
なぜエメルが任命されたかというと、エメルもルフェと同じハルバードを好んで使うからだ。
ルフェのは白地に青いラインが入ったデザインだが、エメルのハルバードは黒地にピンクのラインで
長さもルフェのものよりあり、斧頭の部分が分厚く大きく作られているのが特徴だった。

 

「女の子と戦うなんて気乗りしないなー。」
「よろしくお願いします。」
「大先生からちゃんと指導するよう言われちゃったし、仕方ないかー。」

 


エメルがパチンと指を鳴らした。
今、2人の体はマナに変換された疑似体になったので切ろうが刺そうがダメージはない。
ただし、海から出ては行けないというルールが設けられた。
それも大先生からの指示らしい。

 


「制限時間は5分、これを10セット行って相手のアセットを折るか手から落としたら勝ち。マナの使用は禁止ね。
さっさと終わらせてデザートの準備一緒にしようね、ルフェちゃん。」

 


にっこり微笑んだエメルが開始の合図を出す。
気づいた時には、握っていたはずのアセットがルフェの手から落ちて浅い海に落ちていた。
まずは1セット終了だねー、と笑うエメルと、呆然とするしかないルフェ。
まったく目で追えなかった。
ただ、手に重い衝撃が走ってアセットを落とされた感触だけはある。
海に落ちたアセットを握り直し、構える。
2セット目の開始の合図。
今度はこちらに先端の槍部分を向けて突進してくる姿は見えた。
まずは後ろに飛んで距離を取りーなどと考えていたら、脇腹を刺されアセットは真っ二つに折れていた。
どのタイミングでアセットが折られたかわからなかった。
制限時間なんて関係なく、もう2セット目が終わってしまった。
元の形に戻ってしまった手の中のアセットを再びハルバードの形に戻す。
集中しなきゃ。
タテワキ先生との訓練を思い出す。先生は本当に遠慮がないのでいつも必死だった。
エメル相手でも必死にならねば、一度も勝てないまま終わってしまう。
皆頑張って訓練しているのに。
開始の合図が鳴って、エメルが走った。
ルフェはまたアセットが折られる前にエメルに向かい水を蹴った。
顔に水がかかってもエメルは突進を止めなかったが、わずか一瞬の隙は出来たようだ。
ハルバードを横凪ぎに振るいけん制するが、ルフェのハルバードの斧部分に
エメルが鉤爪を引っかけ切っ先を下に落とされ、なんと足でそのまま折られた。
か弱そうな見た目にそぐわないなんという怪力。
そのままセットはあっという間に終わってしまい、5分も経たないうちに10セットは終了してしまった。
最後の何セットかは持ち堪えたものの、それでも30秒持てば良い方だった。
全戦全敗。アセットを折られるか落とされして反撃は全く出来なかった。
戦闘訓練は嫌いなようで、エメルは早々に終わらせた事に満足の様子で、さっさと本コテージに戻り昼食を作ることを提案した。

 


「エメルさんとても強いのに、なんで保険医やってるの?」
「学校の先生になりたかったのー。だから強さなんて関係ないし。
ルフェちゃんには、武力なんて持たないで欲しいんだよねー。」
「それが理由で真面目に訓練してくれなかったのね。」
「ルフェちゃん、アタシのことはエメルちゃんって呼んで。女の子にはそう呼んでほしいの!」
「え・・・あ、うん。わかったよ、エメルちゃん。」

 


ありがとう、と笑った彼女の後ろで水面がキラキラと輝いて綺麗だと思った。
彼女ーいや彼がなぜ女になって強さを隠して先生をしているのか、いつか聞いてみたいものだ。
本コテージでお昼の準備をしていると、クタクタに疲労した仲間が続々集合してきた。
それぞれ過酷な訓練を行っていたようだ。
全員揃うと、よっぽどお腹が空いていたのか、皆もくもくと食べ始める。
タテワキと大先生がそれぞれの進捗状況を確認しあい、ルフェがそっとジノとマリーに声を掛ける。

 


「2人とも、訓練どうだった?」
「僕は楽しかったよ。呼んだことない書物が沢山あったし、サジ先輩と議論しながら学べてとても身になった。」
「わわ私は散々でした・・・。ヴァイオレットがいないと、何も出来なくて・・・。ルフェは?」
「エメルちゃんとっても強いの。瞬殺だった。」
「そうそう、エメルさん。」

 


大先生がエメルに声を掛けた。

 


「午後はしっかりと訓練を付けてあげて下さいね。」
「先生、見てらしたのー?はずかしー!」
「ルフェさんには力を付けてもらわないといけないのですよ。」
「むぅ。わかりましたよー!」

 


頬を膨らませるエメルに、午後はもっと勉強できそうだと期待する。
レオンとリヒトは相変わらず静かだったが、食事の片付けをして午後の訓練が始まる前のお茶を楽しんでいると
リヒトがルフェ達の前にやってきた。
ずいぶん似合わない顔をしている。しばらく申し訳なさげな顔をしていていたが、ジノに急かされ口を開く。

 


「・・・悪かった。」
「リヒトが謝るなんて、ライム島に嵐がくるわね。」
「うるさい!・・・お前に余計な心配をさせたようだな。少し、頭に血が上っていた。」

 


リヒトは椅子に腰掛けると、ルフェに自分の生い立ちや家族への思い、それに対するレオンへの苛立ちを素直に打ち明けた。
全てを聞いた後、ルフェはリヒトの手を取って、夏休み中に謎の敵に襲われた事を話した。

 


「ごめん。リヒトが大事な時に、きっと私のせいで巻き込んでる・・・。
この合宿は、私を襲う何者かから隔離するためなんだ。」
「そういう事か。なら、呼ばれた事には感謝しなくては。」
「?」
「俺がお前を守れるだけの力があって、さらに能力向上させるためにこの強化合宿に呼ばれたわけだ。
決めたよ―――。」

 


ルフェの手を握り返し、リヒトが笑った。
元々綺麗な顔をしているので、午後の柔らかな陽光に当てられた笑顔はまるで絵画に出てくる天使のようだった。
そう言ったら怒るだろうから言わないけど。

 


「今回の卒業試験は受けない。」
「なんで!?」
「夏休み入ってすぐ帰省したんだ。家族に会って、もうすぐ卒業して就職するって言ったら、猛反対された。
兄ちゃん、学校すごく楽しそうなのにって。母にも、迷いがあるって見抜かれてた。
少しだけ、自分のために生きることにする。」
「企業への就職も内定してたんでしょ?」
「別に就職先には困ってない。他にも推薦や声掛けしてくれてる企業や団体はあるからな。」
「アハハ、さすがナンバー2。素直に僕らと一緒にいたいって言えばいいのにー。」
「ジノ。リヒトは素直じゃないところが魅力なのよ。」
「ああ、そうだったね。」
「お前ら!本当に生意気な後輩だな!」

 

顔を真っ赤にして怒りだしたリヒトに、3人は笑った。
よかった、これで元通りだとルフェは内心安心した。
もう1人をどうにかせなばならないが。


午後の訓練が始まった。
ルフェは海に足を浸して、ハルバードを構えた。

 


「よろしくお願いします、エメルちゃん。」

 


一方エメルはハルバードの石突きを海に差して、やる気なさげに頭を掻いていた。

 


「アタシ、先生にはなりたかったけど、人に教えるのとか破滅的に下手くそでねー。
だから保険医を選んだんだけど。大先生に言われたからやるけど、気乗りしないなー。」
「少しだけ手を抜いてくれれば、目で盗むから大丈夫。タテワキ先生も教えるんじゃなくて体に教え込むって感じだから。」
「それが難しー・・・ん?体に直接って・・・。タテワッキーには一度よく話をする必要がありそうね。
いいわ!こうしましょう。アタシは基本この場所から一歩も動かない。ルフェちゃんが攻撃をしかけてきて。
アタシが一歩でも動いたらルフェちゃんの勝ち。今度は制限時間無しでルフェちゃんが勝つか夕食の時間になるまで続けましょ。」

 


やっとエメルがハルバードを構えてやる気を出したようだ。
お言葉に甘えて、とルフェが砂を蹴って突進。
体の脇に構えたハルバードでエメルに向かって突きだす。
エメルに先端で軽く弾かれたが、予想していたので反動を利用し持ち手の部分で肩への打撃を試みる。
が、素手で柄を握られ、がら空きになった腹部に槍が刺さる。
マナで作った体なので痛みはないが、午前の通りだったら1セット取られている。
アセットが折られたわけではないので続行する。
一歩も動かないエメルにできる限りの攻撃を繰り出すも、全て弾かれるか反撃される。
アセットの授業でもこんなに長い間扱って無かったため、腕が疲れてきた。
アテナ女学院長によりかなり軽量化されてはいるが、それでも武器は武器。
それにこの場所は動き辛い。
急に、タテワキ先生の言葉が頭をよぎった。
隙がない相手なら、まずは周りをよく観察して考えなさい。
逃げる以外にも、手は生まれるはずだ、と。
なぜルフェは浜辺での訓練なのか。しかも海に足を浸しているのか攻撃の手を止めないまま考えた。
砂の上は歩きづらく、水によって重さが増している。これは枷だ。
訓練しながら自然と足を鍛えられている。そしてマナは禁止。
ならば使えるものは使うだけだ。
少し距離を取ってハルバードを構えたルフェは、斧頭部分を下げたまま走った。
エメルに近づきながら、斧の面を使って水をすくうと彼女の顔面に向かって水を掛けた。
当然視界を取られたが、エメルは冷静に武器を横に振ってけん制する。
ルフェは強く地面を蹴って、エメルの斧部分を利用して足場にして飛びながら半回転して彼女を飛び越えると
背中に槍を突き刺した。初めての反撃だ。

 


「お見事だけど、まだ一歩も動いてないわ。」
「でも動かないと、この槍を抜けないよ。」

 


ハルバードの先端の槍が根元までエメルの体を貫いている。
確かに、ルフェが抜くか力を解除しない限り貫いたままだし、先ほど視界を一瞬奪った隙にエメルの武器は柄を折られている。
後ろにいるルフェに攻撃を加えたくても、小柄な彼女ではその体制のまま動くには槍を抜くために一歩前に進んで体を動かすしか無い。
ーまあ本当はいくらでも動きようはあるのだが、やり過ぎてしまいそうなのでやめた。

 


「降参!ルフェちゃんの勝ちよー。」

 


エメルの背中から槍部分を抜いて、エメルが振り返る。

 


「タテワッキーに鍛えられてるだけあって、普通の生徒では考えつかなそうな機転効かせてくるわね。」
「エメルちゃん、アセットで組み手やってほしい。」
「あら、楽しくなってきたのー?」
「うん。もっと目で盗む。」
「ま、あんまり早く終わらせたらまた大先生に怒られちゃうだろうから、やりましょう。」

 


それからしばらく、ハルバードで戦闘訓練を続けた。
相変わらずエメルは手抜きをしないのですぐ負けてしまうが、大分動けるようになってきた。
目が慣れたのかもしれない。
エメルが繰り出す技の1つ1つを体に刻もうと必死に頭も動かす。
アセットでの授業をあまり真面目に受けてなかったし、戦う意識も低かったのでただ構えて適当に振るっていたのだが
せっかくフレイヤ学院長先生が制作してくれたんだ。アセットでも戦えるようにならなくてはと、ルフェの意識が変わった。
アセットを使うことがちょっと楽しくなってきたのだが、

足がふらふらになってきたり、太陽が西に沈みだしたので訓練は終了となった。
エメルは平気そうな顔をして、元気な足取りで本コテージへ歩いて行くが、
浜辺から土の道に入った途端疲労が一気に遅い、筋肉が笑いは始めた。
ふらふらした足取りでなんとか本コテージへ戻ると、ルフェと同じようにクタクタになった仲間が集合していた。

 


「おかえりルフェ。ルフェもだいぶしごかれたみたいだね。」
「マリー、今にも寝そうね。リヒトなんて、魂抜けてない?」

 


1人がけのラタン椅子に座るリヒトは頭をかなりもたげて前傾姿勢になったまま動かない。
ジノが苦笑した。午後はジノもサジも障害物レースに参加したらしい。

 


「リヒトさんとレオンさんの相手、タテワキ先生に加え、午後は大先生も相手になったみたいだよ。
僕らがいた場所から爆発やら稲妻やら見えたから、相当凄まじい訓練だったんじゃないかな。」
「それは果たして訓練と言えるの・・・?」
「僕たちだったら速攻気絶してるよ。」


エメルが大急ぎで夕飯を作ってくれて、まだ動く元気があったグランが手伝って夕食となった。
皆スプーンを握りながら今にも眠ってしまいそうだったが、体は栄養を求めているのだろう。
成長期の彼らの手と口は動き続けた。
ルフェも座ってご飯を食べてる内に大分体力が回復して、当番だったのでエメルと片付けを済ませる。
デザートにフルーツの盛り合わせとプリンを簡単に作るエメルを手伝いながら、リビングに戻ると、

居たのはサジ、ジノ、マリーだけだった。
どうやら他の仲間は疲れて早々にコテージに戻ってしまったらしい。余ったプリンは冷蔵庫にしまっておく。
メロンにかぶりつきながら、サジが唸る。

 


「いやー結構ハードだったねー。ジノくん、トラップ解除いくつ?」
「5つが限界です。ゴールはまだ出来そうにないですね。」
「俺はもう少しのとこまで行ったんだけどさ、あの花触手に邪魔されてさー。」

 


マリー達はトラップレースの訓練をさせられていると聞いた。
指定されたそれぞれのコースを進み、トラップを解除しながらゴールをする障害物競走みたいな事をしているらしいが、
そちらもかなりハードなようだ。
マリーはプリンをちびちび食べながら、今にも寝そうな目をしている。

 


「サジ先輩、レオンの様子はどうですか?」
「んー?どうというと?」
「昨日から様子がおかしいみたいで、集まっても全然喋らないし、調子狂います。」
「こんな可愛い後輩に心配させるなんて、罪な男だねーアイツも。」
「レオンの事だから、聞いても無駄だと思うので、何か策があれば教えて下さい。」

 


必死に頼み込むルフェに負けて、サジはフルーツを食べるのを止めて、考える仕草をする。
そしてふいに、手を叩く。

 


「花火をやろう。」
「初日にやりました。」
「いやいや。火薬の花火じゃなくてさ。マナで作るヤツだよ。」
「素人が作れるものですか?」
「ちょっと知識と大人の許可がいるけど、両方お持ちの方がいらっしゃるじゃない。
頑張れば、合宿の最後の夜には間に合うんじゃないかな。
後輩が頑張って作ったとなれば仏頂面はやめて楽しむだろ、アイツも。」

 


ジノも、寝ぼけ眼のマリーも手伝うと言ってくれた。
サジの言うとおり、見てわかりやすいアプローチの方が効果あるだろう。
早速ルフェは大先生に事情を話し許可をもらう。大先生は快く引き受けてくれて、材料も分けてくれることになった。
もう限界のマリーを先にコテージに返して、ルフェとジノ、サジも手伝ってくれてマナ製の花火を学び、デザインも考える。
ルフェも昼間の訓練でクタクタだったが、初日に全員で過ごした時間をまた味わいたい。
その思いだけで必死に頭を動かした。

 

 


 

 


強化特訓3日目


この日も昨日と同じ特訓内容で各自進めていく。
ルフェはエメルとのアセットでの戦闘訓練だが、大分目が慣れてきて反撃出来るようになっていた。
アセットの動かし方、戦い方をエメルから学んでいく。

一方島の北東。
際だった崖の岩肌むき出しエリアで、リヒト・レオンは激しい疑似戦闘訓練を行っていた。
レオンは大先生、リヒトはタテワキが対戦相手。
本気を出したタテワキは、ポケットに手を入れながら空中を飛んでいる。
ルフェを監視、緊急事態時の抑制を魔法院から任されただけあって、手強いなんて言葉じゃなま易しい魔法使いだった。
彼から出る攻撃は全て刃物。オーラは獸である。
スラム街で本能向きだしの狂人や自己中心的な犯罪者に何度も出会ったことはあるが、それらともまた違う人種だ。
リヒトも靴の裏にマナを溜め空中を走り回りながら、上から降ってくる攻撃を弾き続ける。
高速で純度が高いマナの攻撃は、一打一打が重い。
杖を使って弾いているが、腕のしびれがずっと取れない。
その実、リヒトの実力は相当なものだった。並の学生でタテワキの猛攻に耐え続けるなんて不可能なのだが
持ち前のセンスと反射、頭の回転の良さでどんどんタテワキの攻撃に慣れ、対応している。
マナの量も質も若いのに素晴らしい。
魔法院に入れば、選ばれた者しか入れない魔法騎士団にだって入団できる。
一般企業への就職なんて、宝の持ち腐れだ。


「ま、俺には関係ないけど。」


空中で独り言を漏らして、ポケットに手を入れたまま杖を持った手を上に掲げる。
杖に光が集中しタテワキの背後に魔法陣が浮かび上がった。
リヒトは攻撃の気配を感じ三重のシールドを体の前に展開するも、魔法陣から発射された何十という光の弾丸に
シールドはあっけなく打ち抜かれ、岩肌に落下し転がった。
起き上がりながら手から離れてしまった杖を再出現させ、彼も岩肌に魔法陣を展開させる。
紫色に光るそれに呪文を唱えると、魔法陣から5つの盾が現われた。
4つは顔ほどの大きさだが、1つだけ体を覆うぐらい大きな長方形で、厚さもある鉄製。
これは以前、授業で作った魔法具の防壁だ。魔法陣とリンクさせて部屋に収納してあったのを呼び出した。
小さな盾は彼のマナで体を守るビットの役目をさせ、再度足下にマナを蓄え空中を走る。
タテワキが光の魔法陣からの攻撃を向けてくるが、マナで走る速度を加速させ、ギリギリ体に当たる弾丸はビットが守る。
空中に浮かぶタテワキに猛スピードで迫る間にビッドは全て打ち砕かれてしまったが、体を守る本命はまだ生きている。
体の周りに拳ほどのマナ弾を作り出し、タテワキに最も近づいたところで発射。
魔法陣からの攻撃で全て相打ちにさせられたが、それは誘導弾。
盾に隠れたリヒトが、マナを込めた拳で直接タテワキの腹部を叩く。


「体に触れたことは褒めてやる。だが威力が全然だな。」


背中をマナではなくただの腕力のみで叩かれ、さらに足で蹴り飛ばされまた地面に転がされた。
ただの蹴りなのに、脇腹が砕けたかと思うぐらいの衝撃と重み。
疑似戦じゃなければとっくにあばらは粉々だ。
せっかく作った魔法具は全て破壊されてしまった。ストックはもう無い。
咳き込むリヒトをタテワキはただ見下ろしている。
攻撃してこないのは、リヒトの攻めを待っているからだ。本気で勝てと言われていたら3秒で気絶させられている。
唯一の攻めどころはそこしかなかった。これは訓練。
優しく教えを説いてなんてくれないが、体で教え込もうとしている。
終了条件は、勝つこと。シンプルだが、実に困難な課題だ。
爆発音がして、隣で戦っているレオンの様子を伺った。
大先生は、タテワキと逆で崖の淵に立ち、片腕は後ろに回したまま、軽く微笑みながら杖を動かしているだけ。
一歩も動かないのに、レオンを圧倒していた。
攻撃は全てなぎ払い、立ち上がれば叩き潰す。見た目に反してサディストめいている教育方針だと思う。
だが、あれがタテワキより上の大魔導師の実力・・・力の3割も発揮していないのかもしれないが。
リヒトでさえ勝てなかったクロノス学園主席の男を、虫を払うが如く簡単に叩き潰してしまっている。
ただ、大先生はタテワキと違って時折何かレオンにアドバイスを送ってはくれてるのだが、当のレオンは聞き入れようとしない。
レオンは、この合宿に顔を出してからおかしかった。
以前から自由で協調性のないヤツだったが、決して自己中心的なヤツではない。
貴族らしく物腰は柔らかいし、簡単に他者を受け入れる。だからあの主席は周りに好かれ認められている。
にも関わらず、強化訓練が始まってからやたら人を避けている。
今までならルフェには寄り添って、彼女の力をセーブする役目を喜んでかって出て隣にいようとしたのに、今は一切それがない。
それに気づいて突っ掛かって殴り合いの喧嘩をしてしまった自分も悪いとは思うが・・・。

 


「よそ見する余裕があるとはねぇ。」
「すみません。」
「主席が気になる?」
「いえ。・・・それより先生、教えていただきたいことがあります。」

 


タテワキが高度を下げリヒトの近くに降りてきた。
まだ宙には浮いているが、会話は出来る距離。

 


「俺は大先生はみたいに優しくないから、体で学べよ。」
「ルフェのことです。夏休み中、学園で誰が襲ってきたのですか。これは、誰と戦う訓練なのですか。」
「それを教えてほしかったら、俺に傷の1つ負わせてみなさいよ。話はそれからだ。」

 

タテワキが愉快そうに口元を歪めた。
この教師、普段は日和見の新任教師を演じているが、実際はかなり厄介な大人だ。
ルフェと話してるときはあんなに穏やかなのに、本性は野蛮なのかもしれない。
あから様に舌打ちをして、リヒトはまた杖を構えた。
考えろ。策を、突破口を。
何もわからず悶々とするより、この高位魔導師に一撃当てて己の力を高めた方が時間の無駄にならない。
ずっと、無駄な時間を過ごしてきた。
あいつらと一緒に過ごし、ルフェを守ると決めたんだ。
こんな所で足踏みなんかしてられない。

 


「敵がなんであれ、高位魔導師を1人負かせられる力を付ければ、問題ありませんね。」
「やってみろ、優等生。」

 


リヒトは強く地面を蹴ってタテワキに突進した。

 

 

 

 

 


卵、グラニュー糖を混ぜたものに、ルフェが薄力粉を振るい入れていく。
マリーがへらでゆっくりと混ぜていくと、生地がだんだんとツヤめいていく。

 


「女の子が一緒にお菓子作り・・・。癒やされるね~。」
「ほらー、サジサジ、手止まってるー!」

 


はいはい、とサジは茹でたジャガイモ達を潰していく。
本コテージのキッチンでは、本日のお昼当番サジがエメルの指示でシェードパイを作っており
その横では、ルフェとマリーがお菓子作りに精を出していた。
午前中、エメルとの訓練をしていたのだが、マリーがトラップレースの訓練中気絶して手当をせねばならなくなり2人の訓練も中止。
そのまま昼食作りを行うことになったのだが、マリーから、今日はリヒトがやけに気合い入れてタテワキと訓練してると聞いたので
エメルに知恵を貸してもらい、彼のためにマドレーヌ作りをすることになった。
もちろん他の仲間の分も作る。

 


「サジ先輩は、今日元気ですね。」
「俺とジノくんは、今日はお勉強の日だったんだ。上で相変わらず分厚い本読み漁ってたんだ。体動かすよりずっといい。
しかも今日は面白くってさー。題目が指定されてて、魔女戦争辺りをよく勉強しろってさ。」

 

エメルが作っておいたミートソースに、炒めたタマネギやにんじん、挽肉を絡め耐熱皿に引き詰めていく。
その上にマッシュポテトをサジが敷き詰めチーズを振りかけていく。
サジは料理も出来る用で手つきは慣れていた。

 


「魔女戦争って、大昔の伝承ですよね?」
「俺らからすれば作り話の神話に近いけど、その本曰く、本当の歴史らしいんだよ。
古代期より前、人間を滅ぼそうとした魔女からこの世界を守った偉大な魔法使い達。
その彼らが修道会の騎士団になり、今では魔法院を設立して世界を平和にしましたとさ・・・っていう、
魔法院を称える内容だった眉唾もんだったけど、まあ面白かったかな。史実っぽい書き方もしてて、信用性があると思わせてたなー。」

 

エメルが耐熱皿を大きなオーブンに並べていき、スイッチを入れる。
オーブンが赤くなり出して、表面がカリカリになればできあがりだ。
ルフェ達の方も、話ながらも生地を完成させ、貝殻の型に流し込んでいく。
シェードパイが焼けた後にオーブンに入れれば、食事が終わる頃には冷めて美味しくなる。

 


「ジノくんなんて凄い夢中でさ、一緒にお昼作るかい?って声掛けても聞こえてなかったから置いてきちゃった。」
「ジノ、歴史好きですから。」
「あ、あのぉ・・・、なんで大先生は、この合宿中に、魔女の勉強なんて・・・。」
「俺にもさっぱり。俺やジノくんを参謀として育てないなら、戦術の勉強させたほうがいいとは思うけどねー。」
「サジサジー!まだ終わってなーい。次はサラダ作るから、キャベツちぎって!」
「はいはい、エメルちゃん。」

 


大型冷蔵庫からキャベツを取り出すサジ先輩を見て、確かに腑に落ちないなとルフェも思った。
この合宿に感じる違和感。
夏休み前や入った直後、2度に渡る正体不明の敵からの襲撃。
学園長先生は、もう犯人を特定したのだろうか。
そんなことを考えていると、他の仲間が戻ってきた。
全員見事にボロボロで、一番ヒドイのはリヒトだった。
顔も髪も黒く汚れていて、服なんて破れて穴がいくつも空いていた。
エメルが怒って、一度コテージでシャワーを浴びて着替えてから食堂に入れと追い返す。
また午後も汚れるから二度手間だと渋い顔をしたが、エメルの剣幕に負けてリヒトはコテージに戻っていった。
大先生、タテワキも戻ってきて、書斎にこもっていたジノも呼び、リヒト以外の全員で昼食を開始する。

 


「なにやら、甘い匂いがしますね。」
「はい、大先生。今マドレーヌを焼いています。デザートにと思って、エメルちゃ・・・エメル先生に教えてもらって作りました。」
「それは楽しみだ。この体型を見てもらえばわかると思いますが、私は甘い物も大好きでね。」

 


にっこり笑う大先生は、皆さん、とテーブルに着いて食事をする全員に言った。

 


「今日の午後の訓練はお休みにしましょう。あまり疲労が溜まるといいマナが生成されませんからね。自由行動です。」

 


やったー!とココロとサジがその場で大喜びをした。
途端、ココロが10歳の姿に変化した。はしゃいぐと幼くなる、と最近ルフェは気づいた。
シャワーと着替えを終えたリヒトが戻り、午後の自由行動を聞くと、ちょっと残念そうにしながらサラダを食べはじめた。
先に食事を終えた一同は、エメル特製フルーツジュースを飲みながらマドレーヌを食べ、食堂を出て行った。
1人遅れたリヒトが食べ終わるのを待って、ルフェが皿に乗った山盛りのマドレーヌを差し出した。

 


「こ、こんなに・・・?」
「リヒトのために作ったのよ。皆のはおまけ。明日以降も食べられるから、今は入るだけ食べてみて。」

 


貝殻形をした菓子を手に取って、口に運ぶ。
リヒトは何も言わなかったが、とても気に入ってくれたのはルフェにはわかった。
手が止まらずどんどん口に入れていく。目に見えない花も見える気がする。
リヒトの食器は当番のサジが片付けてくれて、リヒトの向かいに腰掛ける。

 


「さっき、午後がお休みって聞いて残念そうだったね。」
「ああ。もうちょっとで、何か掴めそうなとこまで行ったんだ。午後も続けられたら何か変わったかもしれないが、残念だ。」
「タテワキ先生、スパルタでしょ?」
「そんな生易しいもんか。」


春からずっとタテワキに実技授業を受けてるルフェは、クスクスと可笑しそうに笑った。
無愛想で何も言わない、とても強い先生の訓練だが、リヒトはちゃんと真正面から受け止めて
ものにしようと頑張ってくれてるようで安心した。マドレーヌを焼いた甲斐があった。
洗い物を終えたサジがテーブルにやってくる。


「ルフェちゃん、午後自由時間なら、花火の続きやるかい?」
「是非!お願いします。」

 


花火?と首を傾げたリヒトに事情を説明すると、ちょっと眉を歪めたがマドレーヌを食べる手は止まらなかった。
ジノは食後すぐ読書に戻ってしまったので、マリーが道具を持ってきてくれて、3人で花火作りを始める。
食後にも関わらず山盛りのマドレーヌを半分も平らげてしまったリヒトは、半分を紙袋に入れ持ち帰ることにして
食後の紅茶を飲みながら3人の作業を眺めていた。
マナで作る花火は、火薬を詰めるジパン花火よりも工程も手間もが少ないが、調合が非常に難しい。
しかも彼らが作っているのは、手持ちではなく打ち上げ花火と、壁や台に掛けて絵柄や文字を浮かび上がらせる仕掛けタイプだ。
色素を刻む文言をマナで点火する薬品に刻み、それらを手作りの花火玉に詰めていく。
このバランスが崩れれば、マナの伝達が上手くいかず打ち上げても色を発色しない。

 


「仕掛け花火はどうするんだ。」
「大先生が、廃材の鉄格子貸してくれるらしいから、組み立てて、枠を作って、玉を並べる。」
「大がかりだな。」
「最終日までには終わらせるよ。ジノが組み立ての図面も、鉄の長さも計算して作ってくれたから、
前日に切り出して組み立てれば間に合うって。」
「俺はマドレーヌで、奴は花火か・・・。」


お、ヤキモチかー?とちゃかすサジに違います、と睨み付ける。


「初日に皆で花火したでしょ?最後の日も、あの楽しい時間で終われたらいいなって思っただけ。
リヒトも、レオンの様子が変なの気づいたでしょ?あの様子だと、きっと私達で手助けできない、
大きな問題があったと思うんだ。それでもレオンは、合宿に来てくれた。
話してはくれないだろうから、せめていつものレオンに戻ってくれないと、調子狂う・・・。」


リヒトがテーブルの上に転がる薬品を手に掴み、文言を刻み始めた。

 


「これは青でいいのか。」
「うん。・・・リヒト、手伝ってくれるの?」
「俺だって、調子狂って気持ち悪いんだよ・・・。」
「フフフ。そうだね。ありがとう、リヒト。」
「別に。」

 


その日の夜。


夜も夕食後に花火作りを手伝ったサジだが、そろそろお開きにしようということになり、片付けは彼らに任せコテージに戻った。
中ではレオンが、ベッドの上に横になって本を読んでいた。

 

「若人がお前の為に青春を犠牲にして頑張ってるというのに、当人は引きこもって読書かい。」
「サプライズを本人に言っちゃ駄目だろうが。」
「とっくに気づいてるんだろ?」

 


ベッドの脇に腰掛けてレオンの横顔を伺うと、諦めて本を胸の上に置いた。

 


「何があったか、言えないのルフェちゃん達も気づいてる。レオン、案外信用されてたんだな。」
「ヒドイ言いようだな・・・。」
「俺にもやっぱり言えないわけね。」
「・・・すまない。」
「いいよ。実家に戻ってたんだろ?また継母に意地悪言われたか?」
「そんな事ならこんな悩まねぇよ。」

 


いつになく真剣で辛そうな横顔に、サジは予想より遙かに悪い何かが起きたんだと察した。

 


「学生生活、楽しんでる場合じゃないかもしれない。」

 


どういうことだよ、とサジが聞いてもレオンは答えず、本を適当に放って背中を向けてしまった。


「俺もバカじゃ無い。この合宿に、大先生からの課題。なんとなく事情は掴めた。
それとコルネリウス家がどう関係あるってんだ。」
「サジ、」
「なんだ。」
「何かあったらルフェの友達を守ってやってくれ。俺はルフェを守るので精一杯になる。」
「・・・わかった。お前も、いざってときはリヒトと仲良くしてくれよ。」

 


その質問には答えず、レオンが寝る体制に入ってしまったので、サジは諦めてシャワー室へ向かった。
いざという時が、すぐ側まで来ていたなんて、サジもレオンも気づいていなかった。
気づくことさえ出来なかった。

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