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❀ 2-12

 

深夜。

扉を何度も強く叩く音に目を覚ました。
寝ぼけ眼で扉を開けると、レオンが凄い形相で出入り口に立っていた。


「レオン?どうしたの、こんな夜遅く―」
「ルフェ、今すぐ着替えて本コテージに行くぞ。マリーちゃんも叩き起こせ。」

 


レオンの背後に、本来なら見えるはずの海がなかった。
街灯が無いためとても明るく輝いているはずの星もなく、色濃い霧が立ちこめている。
扉から侵入する外気も肌寒く、これは異常事態なんだと、レオンの様子からすぐに察した。
すぐ着替えるから、と一度扉を閉め、マリーを叩き起こし寝ぼける彼女を手伝いながら着替えさせる。
扉の向こうから、レオンがちゃんと靴を履くように指示があり、靴を履いて、長袖のパーカーを羽織る。
まだ寝ぼけて目が開ききらないマリーの手を引いて扉を開ける。
レオンが杖の先に光の魔法を蓄えているが、辺りは先ほどより確実に暗くなっていた。
足下の砂もよく見えない。
遠くからサジの声がした。レオンが大声で答えると、濃い霧の中からサジと、リヒト・ジノ・グランが姿を見せた。

 


「ココロは?」
「野生の勘が働いたようで、先にコテージに向かうってよ。引き留めてる間に霧が濃くなってきたから、諦めて合流した。」
「いい判断だ。行くぞ。」


レオンが先頭になって、本コテージへ向かい砂浜を歩き始める。
辺りは本当に真っ白。いや灰色に包まれていた。
ちょっと離れればレオンの背中も見えなくなりそうだ。
ルフェの隣にリヒト、もう目が覚めたのか状況がわからず不安そうなマリーの横にジノ、しんがりはグランとサジ。
この異常事態に、ルフェがレオンの背中に問いかける。

 


「ねえ、何が起きているの。」
「俺にもわからねぇ。嫌な予感がして起きたら、もう霧に包まれていた。
普通の霧じゃない上に、通信機器が使えないんでお前らを叩き起こした。」
「何かあれば速攻で顔を出すタテワキ先生が来ない時点で、もうすでに異常だろうね。」

 


サジはおどけた雰囲気を出そうとしているのだろうが、顔も声も固く緊張が伝わってくる。
確かに、この霧は普通ではあり得ない濃さだ。霧に紛れておかしな気配もする。
夏休み中に襲ってきた敵だろうかと考えたが、あの時と感覚が違う気もする。上手く説明出来ないが。
サジの探知能力で林の一本道を見つけ、本コテージに向かう。
林の中は静かだった。虫の声も、葉のこすれる音も、夜行性鳥の鳴き声もしない。
何より、波の音がしないのだ。島のどこにいても聞こえる音が、一切届かない。
握るマリーの手に、力がこもった。
と、一本道の途中でアセットの鎌を構えるココロを見つけた。
彼は今18歳ぐらいの姿で、空中を必死に鎌で叩いている。
見えない壁がそこにあるらしく、鎌が見えない壁とぶつかる度にキィンという音が響いてくる。


「どうした、ココロ。」
「この先に入れないんだよー。どうやら、本コテージの周りをこの見えない壁が囲んでいるみたいでね。」
「先生達は?」
「姿も見えないし、マナの痕跡も感じない。閉じ込められたか、どっかに飛ばされたか。」
「コテージを囲むってことは、中にいて閉じ込めたと考えるのが普通だろうね。俺達との分断が目的か、先生達に用があるか。」

 


いや、とルフェをちらりと見たレオンが言葉を切った。
ルフェもわかっている。
用があるとすれば、十中八九ルフェ本人にだ。
自分に用があって敵が来たとすれば、皆が危ない。
ここから離れた方がいいかと、手の力を緩めたら、逆にマリーに力強く握り返された。
目を合わせると、力強い双眸で首を横に振っている。
どうやらお見通しらしい。


「さて、困ったね。この霧、嫌な感じしかしない。」
「ライム畑まで出るか?」
「此処にいて先生が出てくるの待ってた方がいいと思います。正面ならばわかりやすいですし。
周りをシールドで守って―」


ジノが進言してる途中で、レオンはルフェを、サジがマリーを抱えてその場から離れた。
彼らがいた地面がえぐれ、綺麗に続いていた人工の道がバラバラに吹っ飛ばされてしまった。
どこからか攻撃を受けたのだが、姿は見えず霧に紛れて気配が読めない。
明らかに状況は不利。

 


「サジ、頼む!」


わかった、とサジはマリーとジノを有無を言わせず折り紙の鳥に変化させ、胸ポケットに大事そうに仕舞った。
分断は得策では無いと頭ではわかっているが、彼らの“予想通り”ならば、生徒がいくら寄せ集まっても勝てる相手ではない。
今は逃げ続け、先生達との合流を待つ方が得策。


「こっちからアプローチしてみる。死ぬなよ相棒。」
「誰に物を言ってやがる。リヒト、グラン。ルフェを守りながら逃げるぞ。ココロ、この結界ぶち破ってくれ。」
「任せて!!」

 

ココロが鎌を構え直し、虚空を睨み付けた。
よし、とレオンがルフェの手をとって走りだした。
友人2人と離れるのは不安だが、離れた方が安心だ。標的は自分だろうから。
案の定、後ろからまた攻撃を受けた。
グランとリヒトが同時に弾いてくれたので、直撃は免れた。
 


「で、どうするよ。」
「逃げ回るしか手はないだろう。さっきの威力からして、止まるほうが危険だ。」
「レオン、いざと言うときは私を置いて逃げて。マナを大放出すればー」

 


走りながらレオンとリヒトが、同時にルフェの頭にチョップをした。軽くだが。

 


「バカか。大先生の島を吹っ飛ばす気か貴様。大事なライム畑を消し炭にしたら恨まれるぞ。」
「それに、ルフェは俺達信じて付いてきてくんねーかな。俺らは、お前を守るために此処に来たんだ。」

 


狙われてるのはおそらく自分1人。
分断して別れれば彼らが助かる可能性もあるかもしれない。
でも、霧の中でもはっきりと見えたいつもと同じレオンの笑顔に、素直に頷いた。
マナの量はルフェが一番でも、その扱いは彼らの方が遙かに上だ。
大人しく上級生の指示に従うことにする。
林を抜けた辺りで、レオンはアセットで飛ぶ事を提案した。
グラン、レオンはホウキ型に変形させ、レオンの後ろにルフェを座らせる。リヒトはボード型にして低空飛行をする。
草原に障害物はないので視界が悪くても問題はない。敵が待ち構えていれば別だが。
狙撃音がして、彼らが飛び去る左右の地面が次々えぐれていく。
弾丸というより、砲丸投げで使うような重たい玉を投げつけられているような重みのある攻撃だった。
前方に居たグランが、顔だけ振り返る。

 


「レオン、夏休み中に僕らが受けた攻撃と威力が似ています。感覚は違うので別人でしょうが。」
「敵は複数人ってこったな。あの時は学園長先生が退けたんだっけか?」
「はい。」
「リヒト、授業で作った魔法具防壁残ってるか?」
「タテワキ先生に砕かれた。」
「俺も大先生に木っ端微塵よ。使えないなー俺達。」
「なら頭を捻れ。」
「こういう時は人任せかよ!」

 


レオン、とルフェに名を呼ばれ飛びながら振り返る。
霧の中に黒い影が見えた。輪郭ははっきりしないが、近くまで追ってきてるようだ。
この距離でも派手な攻撃を仕掛けてこないのは、何か狙いがあるのだろうか。


「グラン、防壁を俺達の後ろに付けてくれ。直撃は避けたい。リヒト、仕掛けてみてくれ。」
「フン。初日の訓練でもその統率力発揮してればよかったものを。」

 


嫌味を言いながら、ボードの上で後ろを向き、黒い影に向かって、マナの弾丸を浴びせていく。
間髪入れない同時攻撃。だが、当たっている感覚がしなかった。

 


「駄目だ。貫通してる。」
「本当に影ってことか?」
「レオン!転移魔法の許可が出てる!」

 


空間転移魔法は、未熟な魔法使いには許可が無ければ使えない高位魔法だ。
学校にいれば先生、この島であれば、所有者の大先生の許可があれば使用が可能。
今許可が下りたということは、先生の意思が届いているということ。
望みはある。

 


「本コテージへは繋げないみたいだな。」
「距離を稼げればいい。合図したら同時展開、崖の近くに飛ぶぞ。」

 


敵がまた攻撃を仕掛けてきた。
またしても左右に重たい弾が撃ち込まれるが、攻撃が途切れた一瞬に、レオンは合図を出し3人は前方に転移用魔法陣を展開。
飛んですり抜けると、無事島の北東部に辿り着いた。
そこも濃い霧に包まれていたが、岩を打ち付ける波の音が聞こえる。
眼下の方までこの霧は届いてないということだ。
マナで海に降りる手もあるかとレオンが提案した直後、足下に攻撃が直撃し4人の体は吹っ飛んだ。
突然の攻撃に全員反応出来ず、岩の上に転がる。
近くにいたレオンがいち早く起き上がりルフェを抱き上げた。
霧がまた濃くなった。離れたせいでもうリヒトとグランの姿が見えない。
転移先を読んで、敵も後を付いてきたのだ。そんなことが可能なのだろうか。

 


「霧だ。霧が俺らの位置を知らせてるんだ。」
「ならどこへ逃げても場所がバレちゃう。」
「だが逃げるしかない。こうなったらマナが切れるまで転移魔法を繰り返して―」

 


悲鳴が聞こえた。
グランの声だ。恐怖に震える断末魔。彼が攻撃されたのだろうか―。
彼らの周りだけ霧が晴れて、頭から血を流してうずくまるリヒトと、霧の向こうを指さしながら尻餅をつくグランの姿が確認出来た。
グランは、目を見開き恐怖に支配され震えていたが、ただ霧を差す指はしっかり前を向いている。
その先を辿るように、晴れていく霧を見つめる。
影があった。
灰色の中で揺らぐ影はだんだんと人の形を作り出し、姿を現したのは髪の長い女性だった。
女性は長い髪を風に揺らして、綺麗なロングドレスを身に纏っていた。
とても綺麗な人なのだが、その表情はとても憂鬱そうであった。
グランがまた叫ぶ。

 

「あの時の・・・!シャフレットで見た――」


霧が一気に晴れた。
まるで今まで霧など無かったかのように跡形も無く風に飛ばされていき、

そこに居たのは、綺麗な女性と、見たことも無い異形の者達だった。
授業で習ったオークやゴブリンとはまた違う。
彼らは二足歩行で、人間のような服を着て男性のような背格好をしているが、露出している顔や手足は人間ではなかった。
トカゲ頭の男は口からチロチロと細い舌を覗かせ、牛頭は立派な角を持ち鼻から息をゆっくり吐き出した。
群衆の後ろの方には、背丈が人間の倍はありそうな巨人が数体並んでいる。巨人は服を着ていないように見える。
異形の存在をルフェは見たことがないし、授業で習ったこともない。
こんな姿形の、人間に似た存在など絵本にも登場しない。

 

「あそこの嬢ちゃんかい?」

 

トカゲ頭が喋った。しっかりとした人間の声と言葉を中央に佇む女性に問いかける。
女性は何も言わず頷いただけだった。


「他の奴らは喰っちゃっても構わないんだろー?」
「こいつら全員いいマナの匂いがするぜぇ。」
「美味そうだなー。」

 


異形は口々に人間の言葉を口にした。
その会話内容をルフェは理解するのに時間が掛かってしまった。
喰う?私達を?
唯一人間の形をした女性が、数歩前に進み出てきた。
レオンがルフェの肩を抱いて警戒する。


「探しましたよ。この島全体が隠されていたので、かなり手間取りました。」


丁寧に喋る女性の声に強弱も感情もなく、ボソボソ喋りながらさらに一歩近づいてきて
ルフェに向かって手を差し伸べた。

 


「行きますよ。あの方がお待ちです。」
「あの方・・・?」
「お前は我らの―」
「させるかよ!!」

 


レオンが女性に向かって質力の高い大きなマナを投げつけた。
女性は軽く手で払ったが、マナにぶつかった異形が何体か消し炭になり、岩が削れた。
レオンの反撃に、頭を抱えていたリヒトも立ち上がって同乗し一緒に攻撃を繰り出す。
異形達はマナを恐れているようで、悲鳴を上げながら立ち去っていったが、
女性は涼しい顔でうるさい虫を払うような手つきで攻撃を払い続けた。
ルフェは、女性と目が合った。
死んだようなうつろな瞳。奥底に眠る、怒りと恨み。
まずいと思って叫んだ時には遅かった。
地面から突き出た白い氷柱のような攻撃に2人は射貫かれ、そのまま倒れて動かなくなってしまった。
ルフェが悲鳴を上げるより早く、女性がその細腕でルフェの首を絞め、体を持ち上げる。
たった腕一本で女の子を持ち上げるのも信じられないが、死んだような顔つきと違って指先に込められた怒りが直に伝わってくる。
なんとか指を外そうともがくが、女性の腕はびくともしない。

 


「本当は殺したくて堪りませんが、あの方がお前を所望しているのです。まったく腹が立ちます。
私では無く、なんでお前を・・・!」

 


言いながら怒りがこみ上げてきたのだろう、一気に強まった指に酸素が止められ呼吸が出来なくなる。
手足をばたつかせるも、どんどんと苦しさで辛くなる。
涙で霞む視界の中で、女性の赤い髪が怒りで燃えるように舞い上がり、憎しみで顔がどんどんと歪みだすのが見えた。
意識が途絶える直前、急に首を絞める力が無くなりルフェの体は地面に落ちた。
女性の腕に赤い線が刻まれている。
次いで、ルフェと女性を隔てるように地面に亀裂が入り、女性が近づけないように弾丸の雨が降る。
粉々になった石が飛ぶが、ルフェはシールドに守られて当たりはしなかった。
空から何かが降りてきた。
タテワキ先生だ。


「ルフェ!?無事か!」

 


珍しいことに、酷く焦っている様子の先生に必死に頷きながら、呼吸を整える。
シールドも先生が張ってくれたのだろう。


「まったく困りますね。上陸するなら許可を取っていただかないと。」


ルフェの背後に、宙に浮かぶ大先生の姿が見えた。
手を後ろに組んではいるが、顔は笑ってはいなかった。
タテワキが女性をけん制し、ルフェは動かないレオンの近くに膝をついて容態を確かめる。

 


「ほぉ。あの結界を突破してきましたか。この時代の賢者ですね。」
「ええ。今は魔導師と呼びますが・・・まあ授業は後にしましょう。お引き取り願いましょうか。」
「お前に指図する権利があると思うか、雑草共。むしってもむしっても無限に沸く悪害よ。
だが、その小娘を大人しく渡せばすぐ立ち去ってやる。渡せ。」
「そうはいきません。第一、今更この子になんの用ですか。」
「そなたらには関係ないことです。」


走る音がして、後方で控えていた異形達から悲鳴が上がった。
黒い鎌を構えたエメルが、異形の腕や首を切り落としていく。
その猛攻凄まじく、昼間マドレーヌ作りを教えてくれた可憐な女性の姿ではなかった。
異形達よりも恐ろしい。
エメルは凄まじいまでの剣幕で攻撃の手を止めないまま女性に鎌を振り下ろし、同時にタテワキもマナを何発も投げつけた。
さらに、地面から金色に光る触手が伸びて女性を捕らえようとするが、女性は瞬間移動のような動きでその場から消え
次に姿を見つけた時には空中に浮いていた。


「そのような攻撃で私が捕まえられると?」
「思っていますよ。」


女性の真後ろに魔法陣が現われ、陣から白い蛇の頭部がぬるりと這い出てきた。
蛇は大口を開けて女性を丸呑みにし、そのまま魔法陣の中へひきづり込んだ。
同時に、異形の輩がその場から姿を消した。
大先生が地面に着地する。


「捕らえましたか。」
「まさか。とっくに逃げられました。でも島からは追い出せたようです。

此処へ来る途中、魔法院への応援を呼びました。夜明けまでには到着するでしょう。」
「その間に、また襲撃が―」
「それはありません。いくら魔女でも、魔獣に食べられて無傷ではいられないでしょう。お仲間が消えたのがその証拠。」
「魔女・・・?」


動かないレオンに手を添えて、顔を白くした少女に、大先生は膝をついて目を合わせてあげる。


「そうです。あの女性は魔女。魔女は、この世界に存在しています。」
「魔女が、なぜ私を・・・?」
「君のマナは、魔女に近い。だから彼らは欲している。話は後でゆっくりしましょう。手当が先だ。」

 


そう言われて、ハッと我に返る。
グランは気絶しているだけのようだが、リヒトは頭部から出血しているため、エメルがその場で応急処置を行っていた。
タテワキがレオンの脈を確認する。

 


「大丈夫、気絶してるだけだ。外傷もみられない。」
「先生、他の皆は?」
「全員無事だよ。コテージから出ないよう言ってある。さ、戻ろうか。」


霧が晴れたライム島は、星空が広がり波の音が絶えず聞こえてくる。
吹き抜ける風はどこか冷たく、地平線が緑色に染まり始めている。
夜明けが近いのだ。
仲間の負傷にパニックを起こしかけているルフェに、タテワキが手を差し出した。

震える指で、タテワキの大きな手を取る。

 


「大丈夫だよルフェ。何があっても俺が側に居るから。」


ルフェ達も、本コテージに転移した。

 

 

翌日。
午前9時。


ライム島の港にはフェリーが到着しており、来た時と同じ大きな荷物を抱えた生徒達が集められ
さっさと乗船するよう急かされていた。
いつもと同じ、気持ちの良いほどの青い空、壮大な草原とライムの香り。
違うのは、島に知らない大人が何人も集まってきていること。

 


「嫌です!私もルフェと一緒にいます!」
「僕も反対。残して先に帰るなんて嫌だよ。」

 


珍しく怒っているマリーとジノの顔を見ながら、ルフェは苦笑する。
まだ朝が来てそんなに時間は経ってないのに、気候が上がりだしたのでノースリーブシャツで彼らを見送っている。
2人の足下には大きな鞄があるが、ルフェは手ぶらだった。

 


「仕方ないよ。この島はもう魔法院の管轄で、敵が私を狙ってるってわかっちゃったんだし。」
「「仕方なくない!!」」

 


2人同時に怒鳴られ面食らってしまう。
2人は、本気で怒っている。心配してくれている。怒られながら、ちょっと嬉しいと思ったり。

 


「いくら魔法院の人たちの監視下に置かれて十分な守りがあるからって、また狙われるのはルフェだろ?」
「そうです!」
「でも、此処に私がいないと、学園に戻ったらまた学園が襲われちゃう。」
「なら私の家に泊まればいいです!お部屋なら沢山あります!」
「それこそ叶わないかなー。」
「ほらほら、もうそれぐらいにしといてやりなさいな。」

 


見かねてサジが止めに入ってきてくれた。

 


「心配なのはわかるけど、もうこっからは大人の領域。子供の俺らがわがまま言ってもどうにもできないんだ。」
「これ以上船を待たせるな。」


リヒトも加わって、ジノとマリーの荷物を強制的に運んで行ってしまった。
周りの大人が苛立たしげに睨んでくるのはわかってはいるが、諦めきれない2人は悔しそうな顔をした。
タイムリミットが迫っているのはよくわかっている。

でも、全然まったく、微塵も納得できない。

 


「せめて僕らもここに残るよ。」
「駄目だよ。危険な目に合わせられない。」
「ルフェも同じではないですか!危険な目に合うなんて、私が許しません!」


ごめんね、とルフェは2人の手を取った。
その手首には、アテナの親友からもらったブレスレットが輝いている。


「私は2人が何よりも大切。2人が傷ついたりいなくなるの、本当に嫌だ。
私に守れる力があればいいんだけど、今はない。大人の人に守ってもらうしかないの。だから、わかって。」
「ルフェ・・・。」
「大丈夫。私の急務はマナを使いこなして敵と戦うこと。学校には戻れると思うんだ。
それまで、待っててほしい。無事戻れたら、また沢山遊んでほしい。」

 


涙を必死に堪えて微笑むルフェの、太陽を浴びたまぶしい笑顔に負けて、2人は同時にルフェに抱きついた。


「花火ね、こっそり完成させようと思うの。動画撮って送るね。」
「そうだね。メールは出来る。離れてても、沢山おしゃべり出来るね。」
「はい。私も、沢山写真送りますから。」
「一緒にいれなくてごめん。」
「ううん。ありがとう、2人とも。」

 


2人は大人しくフェリーに乗り込み、船はすぐ出発した。
ルフェは、船が小さくなるまで港で手を振り続けてくれて、2人も腕が痛くなっても手を振り返し続けた。
ライム島がどんどんと小さくなって、やがて地平線と一体化してしまう。
マリーは泣き出してしまい、ジノがその背中をさすっていると、リヒトがやってきて隣に並んだ。

 


「サジ先輩の予想通り、あれは魔女だそうだ。箝口令がしかれて外には絶対言うなと念を押されたとレオンが言っていた。」
「大先生の書物に沢山情報が書いてありました。魔女は原始の存在。マナを生み出した母なる存在。
人間にマナを教えたのも魔女であり、聖なる土地を守る巫女でもあると。
その魔女に人間は何故か勝った。そして歴史から葬った。調べる事は多そうですね。」
「ああ。今は魔法院の奴らが監視していて無理だが、一度家に戻ったら集まろうとレオンが言っている。
あいつも持ってる情報があるらしい。」

 

潮風が髪を遊ばせ、海鳥の声が聞こえてくる。
本島まで着けば、それぞれ家に戻される。
だが、此処で指をくわえている僕らではない――。
リヒトが、手に持っていた紙袋をマリーに渡した。昨日の昼間、ルフェと一緒に焼いたマドレーヌだった。

 


「一日置いたらさらに美味しくなっている。俺は十分食べたから、お前にやる。」
「ありがとう、ございます・・・。今度は、ルフェとケーキ作ろうって、約束してるんです。出来たら、リヒトさんもお呼びします。」
「楽しみにしている。」

 

3人は踵を返して船の中に戻った。
友達のために、やるべきことを成すために。

 

港で船を見送っていたルフェは、船が消えてもしばらく地平線を眺めていたが
監視の人たちに急かされ転移魔法で本コテージに戻された。
穏やかで静かな本コテージには、今大人達で溢れかえりちょっと暑苦しくなっている。
皆汗をかきながら仕事をこなしている。
食堂に居た大先生が笑顔でルフェを出迎え、魔法院の人たちに何かを断ってから、ルフェとタテワキを連れ2階の書斎に入った。
備え付けのソファーに座るよう言われ、先生は自分のデスクに腰掛けた。

 


「事情は今朝話した通りだよ。今まで秘密にしていて悪かったね。」
「いえ。こうなると分かりながら、先生達は私を学生として生かしてくれました。本当に感謝しています。
また地下へ封印されても、私はかまいません。」

 


明るくルフェがそう言い放っても、2人の表情は曇ったままだった。
朝早く、ルフェは大先生とタテワキ先生から事情を聞いていた。
魔女について。
魔女と人間の関係について。
そして、自分のこと。
これからのことは、まだ魔法院が議会で討論中との事で、決まってはいない。
また隔離され友達と二度と会えないとしても、思い出が沢山出来た。寂しくはないだろう。たぶん。

 


「アテナ女学院へのウィオプス襲来で、君の封印を解いたのはこちらですよ、ルフェさん。
メデッサ先生が施してくれた封印さえあれば、マナが漏れず魔女に探知されることはなかった。」
「でも封印が解けたからクロノス学園へ転入して、新しい友達が沢山出来ました。運命があるならば、私は感謝してるぐらいです。」

 


辛そうな顔をした大先生だったが、そうですか、とだけこぼし椅子を回転させ窓の外を見た。
窓の向こうで、空には視認出来る虹色の膜が張られている。
魔法院の結界術師達が施した魔女避けの結界だ。
綺麗な景色を妨害しているが、仕方の無い処置だ。
魔女がマナの塊の少女を使って何をしようと企んでいるのかまだ定かではないが、また人間に戦争をふっかけてくるかもしれない。
そうなったら、被害は甚大なんてレベルでは済まないだろう。
今度こそ人間は滅びる。


「ルフェさん。私の予想では、貴方は封印されません。もう魔女達に貴方の存在がバレています。
封印しても、さらいやって来ます。貴方のマナは強大過ぎて殺せません。
ならば、戦士に育て魔女と戦わせようと議会は言うでしょう。
育てる場は、学園ではないかもしれませんが・・・。」
「かまいません。始めから、驚異と戦うために学べと言われています。」
「議会の決定があるまではこの島で過ごすよう言われています。どうぞ、好きに遊んでください。
訓練がしたいなら、私がいくらでもお相手しましょう?」
「いいんでしょうか?私、監視下に置かれているんですよね。」
「フフフ。この島の主は私です。」
「そうだぞルフェ。今この島で大先生より偉い魔法使いなんていないよ。今ならわがまま言い放題だぜ?」

 


タテワキ先生が苦笑しながら言うので、確かに大魔導師が味方の今なら好きに出来るとルフェは喜んだ。
サジ達に手伝ってもらった花火だけは、完成させて見せたかったのだ。
情報を共有することは一切禁じられているが、大先生経由なら問題ないだろう。
よかった。まだ出来る自由がある。
ルフェは早速大先生に許可をもらって道具を取りに一度コテージに戻ることにした。
残ったタテワキは、ポケットに両手を入れながら、大先生の机に歩み寄る。
普段曲がった背筋はまっすぐのまま。

 


「あの子に、全てを話さなくてよかったのですか。」
「魔法院にも隠している事です。知らない方がいい部分もあります。今はね。
メデッサ先生がそうしたように、我々も隠し守るしかないでしょう。」
「・・・メデッサ先生、見つけられそうですか。」
「まだ、音沙汰はありません。」
「時間がありません。止められるとしたら・・・。」
「メデッサ先生が一番わかってらっしゃいますよ。焦りは禁物ですトーマ君。今、ルフェさんには思い出が必要です。
彼女はあまりにもあっさり繋がりを切ることができる。それが大切なものを守る一番の手だと、もう知ってしまったのですから。」

 


窓から見える虹色の膜。その向こうにある青い空。
果たしてあと何回、彼女はあの空の下で笑えるのだろうか。
それは、魔法議会のみが知るといったところであろう。

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