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❀ 3-1

 


魔女とは。
古伝記にある聖なる土地を守る女性のこと。または、悪に墜ちた女性魔法使いに対する蔑称。
現代では、子供に言い聞かせる俗説に登場し、畏怖の偶像として世間に広まっている。

[第二十版大辞典 抜粋]

 


--------------

 


昔々。

まだ何も存在していない、空っぽなところに神が現われた。
神は世界を作り、空と海を生み出した。
次に大地を作り、神はそこに降り立った。
始まりの大地で、他にも沢山の大地を作り、作っては壊しを繰り返しながら国々を形作っていく。

あるとき神は、始まりの大地に自分の知らぬ未知の力が漂っていることに気づいた。
神だけが持つ清らかな息吹と似た力が、自然に生まれたことに神は大層喜んだ。

神は始まりの大地と未知の力を守るため、巫女を生んだ。
巫女は神と同じ女の姿をしていて、全部で9人の巫女が生まれた。
巫女達は始まりの大地に漂っていた力をその身に吸収した。
巫女達はその力を使って、神に及ばないまでも、無から有を生み出すことに成功する。
その力を、自分の名前にちなんでマナと名付けた。

神は最後に、マナを少しだけ込めた人間という生き物を作りだし、また別の世界へ旅立った。
いつか神が戻ってこられるように、巫女達姉妹は始まりの大地を
聖なる土地として守り続けることにした。

長い時の中で、最後に生まれた人間が増え土地に溢れ出したが
聖なる土地には清い心の者しか足を踏み入れられないので
姉妹は安心して聖なる土地で生活を続けることにした。

ある時、最初に生まれた第1の巫女、姉妹の1番目のもとに、1人の人間が訪ねてきた。
人間であるのに関わらず、聖なる土地に入ってこれた、清い心の持ち主であった。
その人間と第1の巫女は言葉を交わす内に仲良くなった。
友好の証に、第1の巫女はその人間にマナの扱い方を授けた。

魔法の始まりである。

 

[マヤーナ神の書 第一章 マナの誕生について 冒頭を抜粋]

 

*  *  *

 

夏休みも残すところあと僅かとなった、とある日。
ジノは電車に揺られ、国の外れにある小さな街を目指していた。
街中からどんどん離れていく車内には、人はほとんど乗っていない。
わざわざ街を離れる物好きはいないし、帰省週間は終わっている。
電車に揺られること1時間。
そろそろ目的地なので、隣で腕組みしながら眠っているリヒトを起こした。
冷房が効いていた電車を降りると、猛烈な日差しとアスファルトが照り返す熱気が足下から襲ってきて、一気に汗が吹き出してきた。
田舎の駅は外にむき出しだ。無人の改札を出て、寂れた通りを地図を頼りに歩きだす。

 


「アイツめ・・・。よりによってこんな田舎を指定しやがって。」
「仕方ないですよ。街中に集まれば、魔法院の監視が聞き耳立ててきますから。」

 


崩れかけている石畳を歩きながら、ジノはちらりと後ろを振り返る。
人はいないが、視線を感じる。
ライム島でオークウッド先生の合宿を受けた生徒は、もれなく夏休み中監視対象として見張られている。
島で見たことを口外した途端逮捕出来るようにだ。
人では無く、監視生物か監視魔法を放っているのだろう。
まだ力の弱いジノには視認も出来ない。
角を曲がり、雑草が生え放題となっている小道を通って辿り着いたのは、これまた寂れた教会だった。
かつては綺麗な教会だったのだろう。白い壁やステンドグラスからその面影を見て取れるが、汚れや崩壊箇所の方が目立ってしまう。
立ち入り禁止にされているわけではないので、早速敷地に入って木製の扉を開けた。
中は表より酷くなく、埃くさいが綺麗だった。
木製の椅子が並び、正面に祭壇とすすけたステンドグラス。
女神マヤーナの像だけは誰かが掃除しているのか、状態はとても良かった。
しかも、町外れの木立にこっそり建っているおかげで、中は天然の冷房が効いており、涼しかった。
教会の中に、見慣れた顔がある。

 


「サジ先輩。」
「よう、お2人さん。」
「レオンは?」
「呼び出した本人が遅刻みたいだよ。でもよく考えたよな、教会なら魔法院も手出し出来ない。」

 

そうですね、と2人もサジの近くの椅子に腰掛けた。
魔法院の前身は修道会というマヤーナ神を祭る宗教団体の騎士団だ。
世界を牛耳る組織になった今でも、教会を聖域と崇め、修道会に敬意を払っている。
そこには大きな資金提供の流れがあるとか、かつての契約があるとか都市伝説は絶えないが
彼らの監視が教会には及ばないことは確かだ。
なぜレオンがこんな寂れた教会を知っているかは謎であるが。

 


「あれ、マリーちゃんは?」
「ライム島での一件が実家にばれて軟禁中らしいです。家から出してもらえないとかで、不参加。」
「こっちもココロはどっか行って音信不通だし、グランは相変わらず引きこもりだしで連れてこれなかったよ。」
「グラン、やっぱり昔見た魔女のトラウマが?」
「ああでも、グランがシャフレットで見たのは黒髪美人で、ライム島にいた赤髪魔女じゃないってよ。
おかげで昔の記憶が魔女だとわかって、ずっとおびえてるんだよねー。
別にグランを狙ってるわけじゃないと思うんだけど。」
「目の前でシャフレットが消えた恐怖と連結してるんじゃないでしょうか。」

 


なるほどねーとサジが背もたれに腕を掛ける。
そこに、出入り口の扉が開いて、レオンが姿を現した。

 


「レオンが一番遅いじゃーん。」
「すまんすまん!護衛ども巻くのに時間かかっちまって。」
「ぼっちゃんも大変だねー。」
「もしや、これで全員?」
「頼もしいだろ?」
「ハハ。そうだな。で、各自自由研究の成果はどうよ。」

 


レオンがニヤニヤしながら席に着くので、リヒトが眉間に皺を寄せたが、ジノに合図を出した。

 


「では僕から、先に大先生の書斎で呼んだ魔女の記述書について説明します。」
「大先生に課題で出されてた奴か。」
「はい。一般的な資料というか歴史書では、古代期に襲ってきた魔女と人間の魔法使いが激しい戦いを繰り広げ
勇敢な魔法使い達が勝利し、脅威から世界を守ったとあります。
が、大先生の書物によると魔女と呼ばれている彼女たちは神が生んだ巫女で、聖なる土地を守っていただけなのに、
人間が私欲で奪おうと乗り込んだのが原因らしいです。」
「歴史書で言ってることと真反対じゃない。」
「興味深いのは、聖なる土地ってのは神が初めて作った大地で、そこに漂っていた神秘的な力を巫女が使ったことで
今日の魔法が生まれたようです。人間に魔法を教えたのもこの巫女だと本には書いてありました。」
「そりゃ人間より上手に魔法が使えるわけだー。ってかそもそも魔女って人間じゃなかったんだね。」
「原始の存在と言われて唯一神が生んだとされています。この辺りは神話同然なので真偽は不明です。
巫女は9姉妹。その記述が真実と仮定すれば、現在最低でも9人は魔女がいると推測できます。」
「大先生がジノにそれを読ませたということは、隠された真の歴史ってことでいいんだろ?」
「と思う。あの書斎で見た本を探してみたけど、どれも絶版か禁止図書に指定されてた。」

 

あのさぁ、とのんきな声を挟んだレオンが軽く手を挙げた。

 


「俺実はさぁ、魔女の存在も真の歴史とやらも聞かされてたんだわ。子供の頃に。」
「は?」
「代々王族補佐のコルネリウス家は歴史を紡ぐ責任があるとかなんとかで、魔法院が消し去った歴史の所有を許されている。
そもそも王族は修道会とは別の権力者だからな。
ちなみに、その聖なる土地に侵入した1人は、コルネリウス家の先祖。」

 


にっこり笑って自分を指差すレオンに殴りかかろうとしたリヒトの腕を、ジノが必死に押さえる。
レオンを殴っても仕方がない、とサジが続きを促した。

 


「俺の従兄弟が魔法議会の代議員やってんだけど、そいつからのリークによれば
魔女は魔法院では厄災って呼ばれ方して、超一級危険指定がされてる。
しかも、長い歴史で魔女に勝った魔導師はいない。
戦争が終わったのも、魔女から聖なる土地を侵さないって約束を人間にさせて、温情で見逃しただけなんだと。
で、現在の議会は荒れに荒れている。魔女側から喧嘩ふっかけられた経験がないからだ。」
「人間全体に喧嘩を売ったわけではないだろ。ルフェを欲しているというだけだ。」
「なんでルフェを欲しいのか、その理由がわからないから混乱してる。
お前らには教えたが、すでに2度、ルフェは敵から攻撃されている。追い詰めるような攻撃方法から言って魔女側の誰かだろう。
それから、トカゲ男とか異形の奴ら―議会は魔物って呼んでる―が人を喰うみたいな発言してたろ。
あれもどうやら問題視されてて、いつか人間世界を襲ってくんじゃないかっておびえてるんだと。
頭固いじいさん達が牛耳ってるからな、魔法議会は。」
「魔物とやらは何者だ?言葉を喋っていたのは俺も聞いた。」

 


あの時、ライム島で異形の姿を目にしたのはルフェを含め4人だけ。
サジとジノはその目で見たわけではないが、話は聞いている。

 


「ウィオプスみたいなもんらしい。狭間の世界からの来訪者。」
「オーガやゴブリンみたいな古代種とは別ということか。」
「オーガは喋らないからねぇ。」
「その狭間の世界って何でしょう?」

 


ジノの問いには、誰も答えられなかった。
ウィオプスを狭間の世界からの来訪者と呼んではいるが、

この世界ではないどこかから来た、ということしかわかっていないのが現状だ。

 


「魔物についてはわからないが、魔女が従えてたってのが問題なんだろうな。」
「もう一度大先生に会って話を聞けば解決するんだろうが、直接話せるなら、大先生だってこんな回りくどいやり方とってねぇだろ。」
「そうですね。一応大先生も魔法院の所属ですし。」
「そこでちょっと考えたんだけどさー。」

 


サジがどこかから取り出した折り紙で手悪さしながら、相変わらず緊張感のない声音で言う。

 


「大先生はさ、こういう事態をわかってたんじゃないかな。
学園で2度ルフェちゃんを襲った存在が魔女だと感づいていた。だからルフェちゃんと関わりがある俺らを合宿に呼び訓練をつけた。
大事が起きたとき、統率を取るのは当然魔法院だが、院の影響を受けない人間必要だった。」
「つまり・・・問題はこれからってことですね。」
「そうそう。今後の動き次第では味方は限られるし、大人の圧力も強くなる。
慌ただしくなったとき、彼女を守ってあげられるのは俺達しかしない・・・っていうメッセージがあったんじゃない?」
「・・・俺、たまにお前が恐ろしいよ。飄々とした顔で全部見えてるみたいな事を言う。」

 


アハハ、とおかしそうにサジは笑うが、後輩2人も全く同じことを思っていた。
この先輩は実力を見せない分末恐ろしい。味方なら心強いのだが。

 


「ルフェから連絡は?」
「メール送っても返事は返って来ません。情報制限掛けられてるか、携帯を取り上げられてるんでしょう。」

 


ジノはポケットに入れておいた携帯を取り出してメールを確認するが、やはりルフェからの返信は無い。
それに、合宿が終わってすぐ写真添付でメールをくれたのはタテワキ先生だった。
合宿参加メンバー宛に一斉送信で、本文も何もなく、
ルフェがサジ達に手伝ってもらったお手製仕掛け花火が綺麗に灯っている写真のみ。
きっとこれが精一杯だったのだろう。一緒にいるであろうタテワキ先生もメールの返信はあれっきり。

 


「合宿が終わって2週間経ったが、議会はまだルフェの処分を保留してるらしい。」
「地下に軟禁って説もあったが、魔女へ対抗できる唯一の武器であることに変わりはないし。」
「なんせ、魔女が欲しがるぐらいのマナだからねー。」
「そもそも・・・原始の存在が何故ルフェを欲しがるんでしょうか。

人間なんかよりずっとマナに詳しくて大きなマナを持ってるはずです。」
「魔女が言ってたな。あの方が欲してるって。」
「あの方?」
「魔女の上位存在か?」
「神様かもよー。」

 


ふざけて言ったサジの台詞が一番納得出来たのが恐ろしい。
喋るトカゲや都市伝説であった魔女が現われた今、神様が登場しても何も驚かないだろう。

 


「わからないことだらけですね・・・。」
「宿題は上手く進まないなー。」
「あの、アレシア学園長先生って味方側なんですよね?聞いたら教えてくれませんか?」
「あの人は駄目だ。ルフェ1人ではなく、クロノス学園全体を守る事を優先する。それに、あの人も魔法院の高位魔導師出身。
教育学部との付き合いとか、しがらみ多いだろ。」
「いや待て。アレシア学園長で思い出したことがある。」

 


ずっと忘れていて気づかなかった俺がどうかしてました、とリヒトはサジに向かって前口上を入れ、
春に行われたアテナ女学院との交流会の話をした。
ココロと成績第3位を除いた成績上位者数名は、姉妹校との交流のためあちらの学校へ向かったが
その前日、レオン、リヒトだけ学園長からとある密命を与えられていた。
『シャフレットの大惨事を引き起こしたとされるマナの塊を持つ少女を見つけ出せ。』
それからこんな話を聞いた。
『とある予言によれば、数日中にアテナ女学院周辺にウィオプスの集団が押し寄せる。
少女の封印を解かなければ、何千という人間が死ぬことになる。』

 


「俺は交流会に気乗りしてませんでしたし、話に興味が無かったので流してしまっていましたが
あの時すでに学園長先生はルフェの存在を知っていて、ウィオプスの襲撃も予知していたことになります。
これは真実を知る魔法院のごく一部からの依頼だから必ず遂行しろ、とも言われました。
万が一が起きたら適切に処理するようにと。」
「そういえばそうだったな・・・。あの時はウィオプスの集団による襲撃なんて信じて無かったからなんとも思わなかったが、
ルフェの存在を知った今だと色々おかしいな。」

 


話を聞いたサジは顎に手を当てて首を捻る。

 


「そもそも、予言ってのがまた古典的だね。」
「学園でも占星術は単位を取り終えて時間を持て余した生徒が選択する授業だしな。」

 


昔の魔法使いの中には星を読み未来を占い、これからの事象を予言する者もいたというが
技術発達した現代では、恋占いやジンクスぐらいしか生活に浸透せず、一部女子が熱狂的にのめり込むだけの学術だ。
次にレオンが何かを思い出し、顎に手を当てひげを撫でながら神妙な顔をする。

 


「ガキの頃、家庭教師に聞いたことがある・・・。そいつ、魔法院で務めていた事があって、
院内でささやかれてる面白い都市伝説があるって話してくれた。
魔法院のどこかの部署に予言者がいて、魔法議会の重鎮はその予言を信じて、議会の決定も下すとか。
キチガイや詐欺の類いとは違う、ホンモノだったらしいんだよ。
でもある時その予言者は消え、議会が必死に探しても見つからないまま・・・って話だ。」
「その都市伝説が何だと言うのだ。今の話には関係ないだろ。」
「いやいや!よく考えろって。ルフェの力を恐れている魔法院が、わざわざ封印解けなんて言うか?
今の腐った議会なら封印解くよりも、何千という命を犠牲にしろとか言いそうじゃんか。
当然予言なんて不確かな情報を信じる程、奴らは素直でもないし人の話を素直に聞いたりしない。」

 


お前、魔法院に恨みでもあるのかと突っ込むリヒトの横で、ジノが口を開いた。

 


「学園長先生が言っていた“魔法院のごく一部”という表現がそもそも間違っているんじゃないでしょうか。
本当は“魔法院に反発する一派からの指示”。
その一派にはオークウッド先生やタテワキ先生、都市伝説の予言者などが所属していて
ルフェの封印を解かせることで、魔法院が手を出す前に多くの命を救いたかった。
一派に予言者が入ってると仮定すればあらかた説明はつきます。」
「となると・・・、ライム島での襲撃もわかってたかもしれないよ。わざわざ魔女の勉強をジノくんや俺にさせるぐらいだもの。」
「一応大先生や学園長も魔法院の所属ではありますから、正面から堂々と行動を起こせなかった。
だから春のウィオプス襲撃ではレオンさんとリヒトさんを使い、

ライム島ではルフェの味方となりうる生徒だけで合宿を決行したんだと思います。」
「しっくりくる仮説だね。いいと思うよ。」
「仮説通りだとして、次の一手には繋がらないだろ。」

 


リヒトの指摘は最もだった。
ここでいくら考えても仮説は仮説。何も解決はしていない。

 


「魔法院に刃向かい、真実を知って恐れる派閥があるっていうのは心強いですよ。
魔法院は真実をねじ曲げた前科がありますし、魔女や異形生物の出現を今も世間に公表していません。
これから、どんな最悪が起きるかわからないっていうのに。」
「ルフェをいの一番に軟禁したもんね、あの島に。」
「魔法院が敵であるってのもわかったじゃねぇか。」
「それと味方もです。学園長先生はまだ保留ですが、大先生、タテワキ先生という魔導師2人は確実です。」
「どうにか連携とれないかなー。真実に近い場所にいる大人に指示をもらえれば、手っ取り早いんだけど。」

 

一同、同時にため息をこぼした。
サジは手悪さにいじっていた小さな鳥の折り紙数体を、宙に浮かせ遊ばせる。
それを見つめながら、レオンが言った。

 


「実はさー、手が全く無いわけじゃないんだわ。」
「なんだ。手があるならさっさと使え。」
「俺ってさ、まだ後継者ってだけで正統な当主じゃないわけ。
これ予想なんだけど、コルネリウス家の当主になれば、色々知れる真実や使える権力があると思うんだよ。」

 


レオンの言いたいことに気づいたサジが、折り紙の鳥を地面に落とした。

 


「俺ずっとさ、当主継ぎたくなくて、最後のあがきで学校に通わせてくれってわがまま言ってクロノスにいるわけ。
卒業したら当主やりますって約束したけど、ここらで覚悟決めて当主やろうかなーと思ってる。」
「レオン、俺と一緒に卒業してくれるって言ったじゃんか。」
「ごめん。実は夏休み入ってからずっと考えてたんだよ。
ルフェを守るために、魔法院と対等になれる力が手に入るならそれもアリかなって。」

 


だからさ、とレオンは優しい目をしてリヒトを見て笑った。

 


「合宿2日目にさ、お前と喧嘩した時言われたじゃんか。あらゆる面で恵まれてるのにぐーたら生きてんじゃねぇって。
俺からすれば、未来を好きに選べるお前の方が恵まれてるよって、ちょっと拗ねてたんだ。」

 


心当たりが大いにあるらしく、リヒトは驚いた顔をした直後、腕組みをしたまま俯いてしまった。

 


「今の貴族なんて権力を欲してるだけのバケモノだよ。人を人とも思わない。
地位を得るためなら平気で人を蹴落とす。ガキの頃からそういうの見てきたから、当主になんてなりたくなくて、

ずっと逃げてたんだ。でも、逃げられなかった。」
「なんでよー。お前なら世界の裏側だっていけるじゃん。」
「血だよ。コルネリウス家の呪いが俺の体には入ってんの。それを知ったのが夏休み入ってすぐ。
あ、これは口外出来ないから内緒な。とにかく、それ聞いて、ああ逃げられねーんだなと悟ったわけ。
どうせ逃げられないなら、か弱い女の子を助けるために力を手に入れるのも一興だろ?
俺こう見えてずる賢いから、魔法議会を上手いように使ってルフェを守れるかもしんねーし。」
「レオン、決めたの?」
「決めた。今日はそれを伝えに来た。」

 


そっかー、と床に落ちた折り紙が再び頭の上をプカプカと浮かぶ。
ジノはリヒトの横顔を見たが、影になって何も読み取れなかった。

 


「新学期始まったら日程調節して、早々に学園を去る。お前達と直接作戦会議出来なくなるが、通信手段は考える。
おいコラ次席、」

 


呼びかけると、しばらくして不機嫌そうにリヒトが顔を上げた。

 


「ルフェを守るって目的は一致してるってことでいいんだな。」
「ああ。」
「よし。ならお前は隣で、俺は外側から守る。」

 


レオンが身を乗り出して、リヒトに向かって拳を向けた。

 

「大人げなく喧嘩なんてして、悪かった。でもよ、真正面から物を言ってくれる奴今までいなかったから、

お前との学園生活は楽しかったぜ。」
「・・・逃げるのか、弱虫。」
「逃げない。立ち向かうと決めた。俺だけが出来る、俺なりのやり方で。」

 

わかった、とリヒトも拳を作り差し出された拳と合わせた。
どうやら仲直りしたようで、ジノはホッと胸をなで下ろした。

 

「お前達は頭が良い。俺がネタを探してそれを提供するから、お前達が調理してくれ。
今起きてる事態はきっと世界を巻き込んで確実に大きくなる。
子供だからって安全な場所にはいれねぇだろ?」
「当然だ。俺の家族が巻き込まれでもしたら大問題だ。」
「それにルフェの身が心配です。ルフェは渦の中心に担ぎ込まれる危険性があります。」
「ああ。これも何かの縁だ。俺達で救い出してやろう。あの子にも幸せになる権利はある。」

 


そういや、とレオンがマジマジとサジの顔を見る。

 


「面倒事大嫌いで事なかれ主義のお前が、ずいぶんやる気じゃないかよ。どういう心境の変化だ?」
「そりゃ、楽しそうだからだよ。世界の真実とやらがこの目で見れて、自分の身で体験出来たんだぜー?
久々にウキウキしてるよ。クロノス学園入ったのは正解だった。」
「・・・合理主義で刹那主義だったの忘れてたよ。」
「もちろんルフェちゃんの為でもあるよー?あの子は見てて飽きないし、良い子だ。
それに、言ったろ?レオンと一緒に居ると飽きなそうだから、隣にいることにするって。」
「アハハ。懐かしいな。」


そろそろ時間だ、とレオンは立ち上がった。
とりあえず新学期が始まったら学園で会おう、と約束して解散となった。
レオンは護衛にバレないように先にこっそりと教会を出て行った。
サジとは駅まで一緒に歩いたが、方向が逆なので別々の電車に乗る。
冷房が効いた夕日色に染まる車内に、人は誰も乗っていなかった。


「サジさん、クルノア国にご実家あるんだね。あそこから学園に戻るの時間かかりそうだ。」
「ああ・・・。」
「レオンさんがいなくなるの、ビックリしたね。」
「ああ・・・。」
「寂しい?」
「そんなわけあるか。ただ・・・。」

 


その先をリヒトは言わなかった。
ずっと腕組みをし難しい顔をして、2人は黙って電車に揺られた。
車窓の向こうに海が見えてきた。
ライム島で見る海とは、全く違う色に見える海に、今真っ赤な夕日が沈もうとしている。

 


「リヒトさん、僕ね。昔から記憶力がよくて頭良かったんです。」
「自慢か。」
「自慢です。でも、おかげで友達全然出来なかったんですよ。人付き合いも、今よりずっと下手だったから、
疎まれ避けられてきました。地味なのに勉強出来てえらそうだって。」
「フフ。」
「笑うとこじゃないですよ・・・・。クロノス学園に入ってもそれは変わらなくて、さっさと卒業して
1人でもやっていける仕事探して生きようって思ってたんです。
でも、ルフェとマリーだけは、僕をちゃんと認めてずっと側にいてくれるんです。
これからも、一緒にいたいなって思えるぐらい、大切な友達なんです。
どちらかが欠けても嫌なんです。3人じゃないと。」

 


夕日はどんどん海に飲み込まれ、藍色の帳が強制的に太陽を送り出す。
夜が来る。
早く寝ないと魔女が魂を吸いにやってくると散々脅された夜が、静かに迫っている。
今となっては、魔女の顔もわかってしまった。

 


「残り2人も、きっと同じ事を思ってるよ。地味なお前でも、消えたら血眼になって探すだろう。」
「そうだと嬉しいです。」
「俺も探す。絶対に。」

 


肩を貸せ、とリヒトは眠ってしまった。
リヒトは乗り物に弱いので、乗ってる間はマナを使って強制的に寝ることにしているのだそうだ。
彼らが住む街までまだ1時間以上ある。確かに電車に揺られていると眠くなる。
今日の集まりで、誰も追求しなかったことがある。
ルフェが、学園に戻る保証がない。
あのまま、ライム島か魔法院の地下に軟禁され、魔女と戦う時だけ借り出される囚人みたいな生活も考えられる。
学園に通わずとも、タテワキ先生のような教師がいればどこだってマナの制御方法は学べるのだ。
もう二度と会わせてもらえない可能性があると、頭の片隅にあっても誰も言葉に出来なかった。

 


「待っててねルフェ。どこかへ行っても、僕たちが血眼になって探しにいくから。」

 

ジノも目を閉じて、目的の駅に着くまで眠ることにした。

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