❀ 2-5
ルフェはジノに付き合ってもらい、クロノス学園の図書館に来ていた。
特別教室棟の南にあり、アテナ女学院よりは小規模だが、貯蔵量は多い。
アテナに来たグランが言っていたように、雑誌やら漫画が多く、次いで思想、社会、教育に対する本やエッセイも多く、
物語などの創作物は少なかった。
本好きのルフェはちょっとがっかりしつつ、今日の目的はマナに対する実用書。
「マナを上手にコントロールする方法・・・ありそうでなさそうな本だね。
マナを持ってる人間は、呼吸するようにマナを使えるし。」
「普通はね。私は生まれた時からマナの量が異常だったから、ずっと封印されてきて、
生活に必要なチョロチョロとしたマナしか扱ってこなかったの。
封印解いちゃってからも、爆発しないように気を配りすぎて、どうやって使っていいやら。」
「水道の蛇口のようなものかな?普通の人が使える水はバケツだとして蛇口で操作出来るけど
ルフェはダムぐらいの水を持ってる。それを蛇口で操作しようとしてるから無謀なんだと思うけどなー。
ダムの洪水調整はもっと大がかりじゃないと。」
「魔導師の人たちは、私ぐらいのマナを人間の体でちゃんと調節出来てるんでしょ?」
「それもそっか。でもこれで、ルフェだけ実技が別なの納得したよ。」
マナについての論文などの列に入り、背表紙を指でなぞりながら一冊一冊目的の本がないかチェックする。
目についた本を手に取りパラパラとめくってみるが、マナの誕生についての推測だの、
マナを生活に取り入れようと考えた偉人を称える文章だの、目的の内容は書かれていない。
「実技はタテワキ先生とマンツーマンなんでしょ?どんなアドバイスを?」
「うーん・・・、タテワキ先生は、必要最低限のアドバイスしかしないようにしてるみたいで
自分で感覚を掴めってことらしいの。」
「意外とスパルタだね。」
「夏前に試験あるんでしょ?合格しないと、次に進めなくなっちゃう。」
「ルフェは最短卒業狙ってるの?」
「私が此処に来た理由と生かされてる理由は一つしかないから。」
視界に何かが入ってきて、顔を右に向けた。
自分に向けて青い表紙の本が差し出されている。
本を持っているのは、金髪の小柄な女生徒だった。
「ああああの・・・、こここ、これ・・・。」
どもった声で言われて、自分のために渡してくれたんだと本を受け取った。
ロスト疑惑に掛けられていたマナの量が極めて少なかった著者が、いかにしてマナがある生活に馴染めたかという自叙伝だった。
「もしかして、私の為に探してくれたの?」
「はぅ・・・。話、聞こえちゃって・・・その・・・。」
「ヴェルディエさんじゃないか。珍しいね、人と話しするなんて。」
ジノがルフェの手の中にある本を覗きながら言った。
女生徒は、腰まで伸びたウェーブした金髪に色素の薄い水色の瞳を持っていた。
動くお人形のような見た目だが、眉尻が思いっきり下がっており、胸の前で手を組みながらおどおどと瞳を泳がせている。
「ジノ、知り合い?」
「知り合いというか、クラスメイトだよルフェ。」
「私達のクラス?」
「そう。」
「こんな可愛い子がいたら忘れないと思うんだけど・・・。」
「わわわ私、影薄いから・・・。」
ルフェも他人に興味がないのでクラスメイト全員を覚えているわけではないが
ただでさえ女生徒は少ないし、こんなに綺麗な子が居たら記憶に残ってるはずなのだが。
「ごめんなさい、私人の顔覚えるに苦手で。ヴェルディエさん、本ありがとう。」
「私・・・マリアンヌ・ヴェルディエって言います。マリーって、呼んでくれたら・・・その・・・。」
「わかった。マリーね。ジノより目立たない子がいるなんて、ビックリ。」
「どういう意味さ。」
ジノの抗議を無視して渡された本をパラパラめくる。
「うーん、私が欲しい答えは載ってなさそうかな。ごめんねマリー。せっかく探してくれたのに。」
「い、いえ!私こそ、お役に立てず、すみません・・・。」
「謝ることじゃないよ。」
「本に頼らないで努力しろってことだよ。」
「手厳しいな。さっきの恨んでる?」
「アハハ。冗談だよ。どうする?本探すの止めてカフェでも行く?ルフェ、行ったことないって言ってたよね。」
「行きたい。マリーもよかったら一緒に行こう。」
「え!?・・・あ、いいの?」
「もちろん。」
図書館を出て、本校舎C棟と武道場の間にあるカフェを目指した。
ガラス張りに作られた半円ドームのカフェは、植物園をイメージしたとかで、
観賞用植物が沢山置かれ、天井からもテラリウムに入れられた植物が吊るされていた。
中の様子も学校とは思えないぐらいお洒落でモダンな造りだった。
カウンターは黒、無数置かれたテーブルは茶の木目調。インテリアも高級感があり、山中学校の施設とは思えない。
3人はそれぞれ飲み物を頼んで、空いているテーブルについた。
カフェに入った瞬間から、ルフェは目立っていた。悪い意味で。
「ごめんね、二人とも。私のせいで居心地悪いよね。」
「僕は気にしてないよ。普段誰にも見てもらえないから、心地いいぐらいさ。」
「地味だもんね。」
「はっきり言わないで。」
「わ、私も・・・、大丈夫。気にしない、し、私、ずっと、ルフェさんと、話、したかった。」
ルフェが首を傾げると、マリーはスカートを掴みながらもじもじと椅子の上で体を動かした。
「ルフェさんは、転校してきた日から、ずっと、かっこよかった、です・・・。
こんな大きな学校に転校してきたのに、堂々としてて・・・。」
「ルフェ、変なとこで度胸あるしね。」
「ジノうるさい。」
「その・・・、女の子も少ないし、憧れてて、でも、周りはただの噂話で、ルフェさんの本質を見てないっていうか・・・。
とても悔しくて。だから、つい、声かけちゃって・・・。あの、すみません・・・。」
マリーは顔を真っ赤にしてスカートをくしゃくしゃにしながら俯いた。
「噂じゃ無いよ。私、シャフレットを滅ぼした犯人。」
「ちょっと、ルフェ・・・!周りも聞いてる―」
「構わないよ。事実だもの。」
突然、ルフェの上に雨が降った。
違う、水を頭上から掛けられたのだ。
「本人が認めやがったぜ。」
「シャフレットの大惨事で消えたのって、3000人って聞いたことあるぜ。」
「人殺しがいけしゃあしゃあと、カフェでお茶飲んでるなんていい身分にも程がある。」
「大罪人め!!」
ルフェの後ろに、4人の男子生徒が立っており
次々と手に持っていたコップでルフェに水を掛けていく。
ジノが立ち上がって彼らに抗議しようとするのを、ルフェが手を上げて制止させた。
「アテナ女学院で暴走して生徒を丸焦げにしたのに、マナの量がえげつないからって許されてこっちに転校してきたんだろ?」
「主席や次席まではべらせて、何を狙ってやがる。女豹が。」
「俺達も丸焦げにして殺すか?やれるならやってみろよ人殺し。」
ルフェは頭から水を浴びたまま、黙っていた。
周りの生徒もざわついてはいたが、誰も彼女を助けようとはしなかった。
きっと、誰しも思ってることは同じなのだろう。
その空気感をジノは感じていた。自分1人では男4人には勝てない。
リヒトを呼ぶべきか考えていると、すごい勢いでマリーが立ち上がり、椅子が音を立てて床に倒れた。
マリーが俯きながら小声で何かを言ったが、ジノには聞き取れ無かった。
端にいた男子生徒が面白がって笑いながらマリーの横に立った。手には水が入ったままのコップを持っている。
そこに、テーブルに備えてあったタバスコをたっぷりと入れだした。
「なんだよ、意義ありってか?言いたいことあんなら言ってみろよ。これ浴びたら、目が潰れるぜー?」
「・・・・・・よ、」
「あ?なんだ。もっとでかい声で言って―」
「うるせーって言ってんだよ!!!!」
タバスコ入り水コップごと男子生徒の顎からアッパーをお見舞いし、生徒は軽々と中に舞い、テーブルの上に落ちた。
悲鳴が一気に広がり、近くにいた生徒は避難をした。
一番近くにいたジノと、滴る視界の奥からルフェは、マリーの変貌に嫌でも気づいた。
「ベラベラと身の無いことを喋るブタだなおい・・・。耳障りでならねぇ。」
マリーは転がった椅子を持ち上げて、相手に警戒されるより早くそれをルフェの真後ろにいた生徒に投げつける。
やっと事態に頭が追いついたのか、残った2人の生徒がコップを投げ捨ててマリーを取り押さえようと足を踏み出した。
が、マリーが今飲んでいたコーヒーカップを右の生徒の顔に叩きつけ、器用に体をねじると左の生徒の腹に蹴りを入れた。
男子生徒の体がまた吹っ飛び、別のテーブルが半分に割れた。
割れたせいで壊れたテーブルの足を、マリーが掴んで肩に担ぐ。
「なんだオメーら。大口叩いといてそれで終わりかよ。」
ジノにハンカチを借りて顔を拭いたルフェは、別人になったマリーを見て唖然としていた。ジノも同様だ。
おどおどして気弱そうな少女が、喧嘩っぱやいヤンキーのようになってしまった。
チラリとみた横顔も、目つきがかなり悪い人相になっている。
本当に先ほど出会ったクラスメイトと同一人物なのだろうか。
最初にぶっ飛ばされてタバスコ入り水コップを掛けられた生徒が、目を真っ赤にして泣きながら起き上がった。
コーヒーを浴びた生徒も回復したのかのろのろと起き上がる。
男子生徒2人がマナを具現化させ円盤を作ると、マリーに投げた。
マリーが肩に担いだ机の脚でそれを軽々と打ち返すと、投げた主の顎にヒット。再び床にひっくり返って意識を失った。
タバスコ水まみれの生徒の方は、マナで作った鞭でマリーの右腕を拘束した。手に持っていたテーブルの脚が落ちる。
「捕まえた!」
「チッ。小賢しい真似をしてんじゃねぇーよ、能なしのブタの存在でよぉ!」
鞭で巻き取られた右腕ごと、か弱い女の子とは思えぬ力で男子生徒は鞭ごと引っ張られマリーに向かって飛ぶ。
引き寄せられる勢いを止められないまま、マリーに殴られ転がった。
ふぅ、と息を吐いてマリーがルフェの方を向いた。
細められた瞳が紫色に見えたのだが、瞬きをした後には、薄い水色に戻っていた。
そして、凜々しい表情から一転、おどおどした彼女に戻り、ふるふる震えながら涙目になった。
「またやっちゃった・・・!」
*
制服が水に濡れてしまったため、体操着に着替えたルフェを待って、3人は森の中にある池の畔に移動していた。
騒動を起こして教員が駆けつけたが、ルフェに対するいじめのいざこざだと判断。
泣き崩れるマリーが男子生徒4人を倒したと、教師も信じられなかったのだろう。3人はすぐ解放されたのだ。
ジノが買ってきてくれたカフェオレを飲みながら、木製のテーブルに腰掛ける。
マリーは泣きながらごめんなさいと繰り返していたが、2人がなだめてやっと落ち着きを取り戻しカフェオレを飲んだ。
涙が収まった頃合いで、ルフェが問う。
「マリーって二重人格?」
「いえ、あの・・・。」
「無理に聞こうとは思わないよ?ただ、何か悩みがあるなら僕たちに教えてくれないかな。」
俯いて手の中にあるカフェオレをしばらく眺めていたが、やがて口を開いた。
「ルフェちゃんが・・・いじめられていたの見たら、我慢出来なくて・・・。」
「またやっちゃった、って言ったよね。前にも?」
「うぐ・・・。はい。たまに、ああなるので、友達出来なくて・・・。出来ても、私を怖がるので・・・。」
「キレると人格変わっちゃうってこと?」
口ごもったマリーはジノとルフェの顔を交互に見た。
不安そうな顔に、ルフェは力強く頷いた。
「マリーは私を守って、私の代わりに怒ってくれた。本だって探してくれた。何言われても信じるよ。」
決心がついたのか、マリーはぽつりぽつりと話し始めた。
マリーは他県に住む貴族の娘として生まれた。
人形のように可愛らしい見た目をしていたため周りからチヤホヤされ、花のように大事に育てられてきた。
そんなマリーには、双子の姉がいたらしい。
双子とはいえ二卵性双生児。外見は全くにておらず、母系の祖母の血が強くでたせいで髪も瞳も紫。
姉はヴァイオレットと呼ばれ、両親からも疎まれていた。
だがヴァイオレットとマリアンヌの関係は良好で、とても仲がいい姉妹だった。
社交界に引っ張られだしたマリアンヌをヴァイオレットが支えてくれ、悩みは全部聞いてくれた。
事件が起きたのは、2人が10歳の時。
街へ買い物に出かけた際、マリアンヌが誘拐されそうになった。
ボディーガード達が必死に戦い助けだした直後、ヒステリックを起こした誘拐犯の1人が逆上。
車でマリアンヌをひき殺そうとした。
彼女を助けたのはヴァイオレットだった。
妹をかばって車にひかれる事を選んだ彼女の最期の瞬間、マリアンヌは無意識にマナを使った。
「ヴェルディエ家の血統能力があって、相手の全てをマナの結晶に変えてしまう危険な能力なんです。
相手の全てを奪うので、禁止されていたのですが、あの時の私は、姉をその場に留めようと必死でした。
マナの扱いも下手くそだったので、私は、姉の魂を自分の中に取り込んでしまったのです。」
「ってことは・・・一つの体に二つの人格があるってこと?」
「いえ、もっと不完全です。姉そのものの保管には失敗していて、魂の欠片だけ取り込んだのです。
私の中にある姉に意識も人格もありません。ただ、私を守るという使命だけは残ってるようで
私が怒ったり悲しんだりすると、さっきみたいに出てきて意識と体を乗っ取ってしまうのです。
発動中の記憶はあるんですけれど、眠ってる状態というか、何も出来なくて・・・。
危険が去って姉の意識が引っ込むまで何も出来ません。
おかげで私は友達が出来ても、姉が出てくる度失って1人っきり。誰も傷つけたくないので、ずっと1人で生きてきました。
クロノス学園に来たのも、もし姉が暴れても退学はないだろうと思ったからなんです。」
カフェでの騒動が収まったとき、マリーの瞳が紫に見えたのは、ヴァイオレットが意識上に浮上していたからなのだろう。
せっかく収まったマリーの目に、また涙が溜まる。
暮れだした太陽が涙をきらめかせて存在を主張してくる。
「ごめんなさい・・・。やっぱり、声をかけるべきじゃなかった。お二人には、ご迷惑を掛けてしましました・・・。」
髪を拭いていたタオルで、ルフェがマリーの涙を拭ってやる。
「さっきも言ったけど、マリーは私の代わりに怒ってくれて助けてくれた。
あの場で私をかばってくれたのはマリーだけ。感謝してる。」
「それに、お姉さんはマリーが怒ると出てくるんでしょ?ルフェをいじめたあいつらにマリーが怒ってくれたってことじゃないか。」
「そうだよ。」
ルフェはマリーに手を差し出した。
「改めて、私ルフェ・イェーネ。よかったら、友達になって欲しい。
私はマナを暴走させたことがあって、沢山の人を殺してしまった大罪人。そんな肩書きの人間だけど、マリーさえ良ければ。」
「いいの・・・?」
「こっちの台詞だよ。」
「嫌われ者達が集まって、ちょうどいいんじゃない?」
話に入ってきたジノに、ルフェが首を傾げた。
「ジノは嫌われてないでしょ?」
「僕は人付き合いが苦手で仲良くなれない上に、最短ルートで4学年のⅡに上がったから疎まれてるんだよ。
学科も成績上位キープしてる。地味だけど、出る杭は打たれるようだ。」
「自分で地味って言った。」
「自覚はある。」
「フフフフ。」
夕日に照らされて控えめに笑うマリーは、本当にお人形のようだった。
可憐な花のようで、先ほど見せた姉の姿は夢か何かだったと思ってしまうが、彼女の中には確かにある存在。
「よろしくお願いします、お二人とも。」
「うん、仲良くやろう。」
「それにしても、ルフェがかけられたの水でよかったよね。」
「コーヒーだったら熱いし、制服に染みが出来ちゃうとこだった。」
「そこ?」
談笑する3人の姿を、遠く離れた場所で見ていた影があった。
「平和的に進んで安心しましたよ。」
「こちらが介入しなくても、あの子なら今後平和な学園生活を送れるわね。」
「友達二人も、貴方が用意したんですか?」
「失礼ね。自然の産物。何も仕込んでないわよ、
第一、ルフェに水かけられそうになった時一目散に飛び入りそうになってたの貴方じゃないの、タテワキ。
生徒同士のもめ事に介入禁止って言ったでしょ。教師が特定の生徒を贔屓してるって言われちゃう。
しかも新任で、地味な先生がよ?」
「はいはい・・・すみませんでした。」
「あまりに火種が大きくなったら対策しなきゃかと思ったけれど、あの子達なら大丈夫そうね。」
「ええ。彼女は自分が何をすべきか、よくわかってますから。」
学園長先生が指を鳴らすと、タテワキごとその場からいなくなった。