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第一部 青星と夏日星 8


謎の老人から受け取った石は夏海から二メートル程離れると夏海の側に自動転送される仕組みのようで、
夏海は石を洗面所に置いてお風呂を済ませた。


「あらあら。なんとまぁ、不気味なものに好かれてしまいましたわね、夏海様。」
「ストーカーされてるみたいで気持ち悪いよぉ・・・。」
「自業自得だろ。」
「酷い!少しは心配してよ!?これがなんなのかわかってないんでしょ?急に襲ってきたりしないよね?」
「それはない。俺が上から防壁を張ってある。」

 


ふーん、とまろんが用意してくれた手作りプリンを口に運ぶ。
デザートを食べている間に部屋へ上がっていた兄がノートパソコンを抱えて戻ってきた。
リビングのソファーに腰を下ろしノートパソコンをいじりだす。
普段はテレビの前を牛耳っている白虎は、こっぴどく怒られたので夏海の影に潜んで出てこない。

 

「これとしばらく一緒にいなきゃいけないの~・・・?明日、杏子とカラオケ行く約束してるんだけど。」
「明日はずっと家にいろ。石の正体が分かるまで外出禁止。」
「え―――!?こないだも断っちゃったからその埋め合わせなんだよ!?石持っていっちゃだめ?」
「ダメに決まってるだろ。」
「これで友達無くしたらどうするの!」
「約束数回破っただけでそっぽを向くような奴、友達にするな。」

 


そもそも約束を破ってるのはこっちなのだが、と思いつつ口をとがらせた。
杏子はドタキャンしたからって怒るような子じゃない。
だからこそ、申し訳なさが際立つ。
テーブルから離れ、ノートパソコンで作業し続ける兄の手元を覗く。


「さっきから何してるの?」

 


兄はミニテーブルにノートパソコン置き、カチカチと操作を続けている。
夏海はくるりとソファーを回り、兄の膝と腕の間に出来た空間に入り込む。
ネコみたいに隙間に潜り込んでくる妹の頭を、邪魔だ、と軽く叩いたが、夏海はそのまま兄の膝に乗ったまま画面を興味津々で覗き込む。
狭いところのわざわざ入ってきた、自分と大して身長の変わらない妹。
重いし邪魔であるだろうに、透夜も特に気にせず夏海を抱えたままタイピングを続けた。

 

「その石について何かわからないかと思って」
「ネットに載ってる?」
「世の中のオカルトマニアの方が、本職より詳しいこともあるんだよ。」


オカルトマニアのサイト、オークションページ、古い文献など次々画面が切り替わり、透夜はどれも丁寧に見て回ったが、
夏海にくっついて回る白い石と同じ石はどこにも記載されていなかった。

 


「お前、依頼人にこれを守れって言われたんだろ?」
「うん。」
「悪い気もしないし中に刻まれた術式を読むことすら出来ない。」
「お兄ちゃんでもわからない事あるんだ。」
「当たり前だろ。俺は七星の教えと、派生した陰陽道や仏教道を少しかじっただけだ。世の中には多種多様な術が存在している。」
「そうだね。西洋魔術が実在するなんて知らなかったよ。本当に大きな帽子かぶってほうきで飛んでるのを見たときは、映画の撮影かと思った!」
「フフ。そうだな。」


兄の膝に乗って、ご機嫌で足をぶらぶらさせる。
ミニテーブルに二人分の紅茶を置いてくれるまろんに、兄が心辺りは無いかと声を掛ける。
動物の耳と尻尾があるだけの人間に見えるが、彼女は立派な式神で、江戸時代の術士と契約して仕えたこともある。
可愛らしい仕草で頬に指を当てる。


「石と聞いて思い浮かぶのは。結界石、殺生石、要石などでしょうか。人間さんは、呪具で使ったり神籬として使ったりもしてましたね。」
「悪い気はなしないから、妖怪が封印されているという線はなさそうだな。となると、やはりどこかの神社が儀式で使ってた依り代か。にしては小さい気もするな。」
「自分を守ってくれる人を選んで、勝手にワープする石なんてあるの?」
「聞いたことございませんね。人間さんに付きまとう妖怪なら知ってますが。透夜様、デザートお召し上がりになります?」
「ああ、頼む。」


ハイと笑顔で答え、まろんは台所に帰っていく。
兄の手がパソコンから離れ、無意識に夏海の髪を撫でながら、長い髪で手悪さを始める。


「夢見に守れと言われるような品。しかも勝手に意思を持って動く。予想もつかないな。」
「石だけに、意思を持ってるんだ?」


夏海の頭にチョップを落とす。
イテッ、と小さい声を漏らした夏海はくるりと向きを変え、兄に膝枕をしてもらいながら
手悪さで三つ編みにされた自分の髪を解いていく。
再び現れたまろんが透夜の分のプリンを差し出してくれたので、夏海を膝に乗せたまま食べ始める。


「あーん。」
「自分の分食っただろ。」
「お兄ちゃん、ゲームしよ。」
「お前、わりといつも通りだな。人が殺されてる事件に巻き込まれてるんだぞ。」
「お兄ちゃんが大丈夫って言ったから、あの石だって問題ないんでしょ?
何かあってもお兄ちゃんが守ってくれるし。」
「当たり前だろ。」
「なら安心。だからゲームしようよ。お兄ちゃんが家でゆっくりしてるなんて珍しいし、対戦ゲーム一人じゃ出来ないの。」
「はいはい。」

 


まろんに空いたプリン皿を片付けてもらって、対戦格闘ゲームに付き合うことになった。
現代最強術士と謳われる彼も、ゲームの中では夏海にボコボコにされ、彼の負けず嫌いな性分が出たせいで、日付が変わる前まで遊び続けることになる。

 

 


 

 

 


深夜1時を過ぎ、寝静まった住宅街に犬の遠吠えが響く。
通り過ぎる車もなく、路地に出歩く人間もいない。並ぶ家々の電気はほとんど消えている。
ずいぶん規則正しい地域だと関心しながら、その人物はとある一軒家の屋根の上に立っていた。
外壁は白いレンガだが玄関の周りだけ茶色レンガで可愛らしく、屋根は赤茶で三角がいくつも乗っている。
小さな庭もある、どこにでもある普通の家。
その人物は屋根の上で片膝をついて、腰に差していた日本刀を抜いて突き刺した。
切っ先は分厚い空気に邪魔をされ屋根に届くことはなく、青白い雷が何本も走り夜が一瞬遠ざかり、電気が流れる音が辺りに響く。

 


「簡単に破れるわけないだろ。」


顔を上げると、ズボンのポケットに手を入れたまま屋根の上でダルそうに立っている若い男性
―この家の家主、四斗蒔透夜がこちらを睨みつけていた。
侵入者は焦るわけでもなく、大人しく足下に置いた鞘に刀を戻した。
街灯の明かりは屋根の下にあるため、まばらな星空の下で闇に紛れた侵入者だったが、
家に張った結界が青白く灯って侵入者を拒絶し続けているため、その姿が浮かび上がった。
毛先にクセのあるの金色の短い髪に、青い大きな瞳を持った中学生ぐらいの少女だった。
黒のニットパーカーは裾がバルーンのようになっておりお尻が隠れるぐらいの長丈がある。
黄色のカラータイツは夜でも鮮やかに浮かび、黒いショートブーツを履いている。
ちょこんと乗ったアクセ付きキャスケットは、目の前にいる少女の可愛らしさを際立たせている。
肌も白く、顔立ちも含めまるでフランス人形だ。
夜中にあっても肌は透き通るぐらい白いのがわかる。
金色のふさふさまつげを瞬かせ、形の良い小さな唇をつり上げる。
高校生である透夜よりも若い侵入者だが、少女が作った余裕の笑みに警戒を高める。


「ねぇ君。どうして陰陽師系か真言宗系の術ばっかり使うの?七星なんでしょ?」


驚いた事に、返ってきた強気な声は
声変わりを迎える前の少年のものであった。
刀を後ろ手に回しながら、前屈みになる。
大きなサファイアのような眼で、興味津々に下から透夜を見上げている。

 


「うちは秘密主義なんでね。他人にほいほい技を見せられない。お前みたいな怪しい奴に盗まれても困るからな。」
「七星の技見せてよ。」
「話聞いてたか、ガキ。」
「使いたくなるようにしてあげる。」


後ろ手持ったままの刀を抜いて構えた。小柄な子供が扱うには刀身は長いように思うが、
慣れた得物なのか、姿勢に違和感はなく好戦的な獣の影が見え隠れする。

 


「小石を狙いにきたんじゃないのか。」
「どうせ渡してくれないでしょ。」
「俺を倒して奪おうなんて考えない方がいいぞ。時間の無駄だ。」
「君と遊んでみたいだけだよ。」

 


少年が下から上へ斜めに刀を振り上げた。斬撃が黄色い波のようになって透夜に襲い掛かる。
透夜は右手だけポケットから出して、人差し指と中指を立てる。
見えないバリアに黄色い斬撃はかき消されたが、斬撃に隠れた少年が目の前に迫っていた。
切っ先がバリアに刺さり、亀裂が入る。透夜が眉間に皺を寄せた。
透夜の表情が変わったのを察して、少年が口角をつり上げてニヤリと笑った。
可憐な見た目に反して狡猾さと残忍さが目と口元に反映されている。
そのままゴリ押しで刀を突き刺され、バリアがガラスのように粉々になって散る。
街灯の弱い灯りを受けて煌めきながら落ちてゆく破片の間で、両者は睨み合う。
刹那。少年は手首を返し透夜の首狙って刀を振り上げる。
刃は透夜の首に触れる前に、見えない壁に当たって止まる。
ハッとして左に飛び目で確認すると、背後にいた半透明で青白い人影がすぅっと消えるところであった。手には武器を持っていたが、形状までは把握出来なかった。

 


「オート防壁に式神ってズルイよ。君自身の本気と戦いたいのにー。」
「本気出させてみろよ。」
「あれれ、さっき一瞬焦った顔したと思ったのに。」
「その力に驚いただけだ。なあ、お前―」

 


透夜の冷たい夜の星のような眼差しに、少年の顔から笑顔が消えた。

 

「人間か?」

 


少年の手首と足首に、青い縄が絡まっていた。捕縛用の単なる縄ではない。細かな術式が刻まれている。
物理的な縄ではないが、体の内まで覗く気だ―・・・。
そう悟った少年は、刀を握っている方の腕を振って無理矢理縄を千切り、刀で残りの縄を切ると後ろに飛ぶ。
屋根の上に落とした鞘を拾ったと思えば、踵を返してあっさりと逃げだした。


「逃がすかよっ、黒鳥(こくう)!」

 


指で印を結びながら命じると、夜より暗い闇が降りて来た。
羽を広げた様は、屋根を覆い被すぐらい大きな黒い鳥であった。
尻尾の先まで真っ黒だが、カラスとは顔立ちが違った。胸辺りがふっくらしておりムクドリに近い。
透夜が現れた黒い鳥の背中に跨がると、両の翼を広げて羽ばたく。
僅かな助走を付けただけで、その鳥はあっという間に風を捉え逃げる少年の背中を追う。
大きな羽を畳み器用に電柱を避けながら、どんどん距離を詰める。
体を長細くして夜の路地をハヤブサのような早さで飛ぶ。
背中に人間を乗せているとは思えないスピードに、振り返った少年も焦った顔を隠そうとはしなかった。
大きな鳥の背中に乗る透夜が、指で印を結ぶ。
少年の上に青白い雷を落としていく。
体に当たるスレスレのところで少年は軽業師のように左右に飛んで、遠慮なく次々と降ってくる雷を避けながら走り続ける。
赤い屋根に逃げたところで、体の脇から陣が出現し縄が少年の足首を狙って伸びた。
顔を下に向けるのとほぼ同時に刀を鞘から抜いた少年が縄を斬って避け、上に大きく飛ぶ。
その隙を狙っていた透夜が更に縄を仕掛けるも、器用に体をひねって刀を振り回しながらご丁寧に縄を細かく斬り捨てた。
身体能力の高さはもちろん、危機察知能力がずば抜けている。野生の勘と言ってもいい。
少年は後方から狙い続ける透夜の術を全て避けながら、屋根を渡り住宅街を抜け、緑地公園の野球場に降りた。
障害物がない広い場所で反撃に転じるつもりなのか。
だが振り返る様子がない背中に、再度黒鳥が迫る。
突然、透夜の体が投げ出され今まで感じなかった風の抵抗を受ける。
体制を整え運動場に舞い降りた時、真っ二つに斬られた黒鳥が短い声を上げながら大気の中に溶けて消えていくのが見えた。
追っていた筈の少年は姿も気配も綺麗に消えている。
転移されたようで、今から猿鬼に追わせても無駄足になるだろう。


「仲間がいたか。」

 


一人呟いて、ズボンの後ろポケットに入れていた携帯を取り出した。

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