第四部 消えゆく流れ星2
和歌山県の山奥を拠点としていた七星の結界崩壊のニュースは、瞬く間に術士界隈に広がりトップニュースとなった。
四斗蒔透夜が術士協会に所属し特位に登り詰めるまで、存在すら都市伝説とされていたほど、他の術士と一切関わらない謎の組織。
平安後期からは書物などに名前の記載があるほど有名な実力者の集まりとされ、噂では陰陽師や真言宗の祖ではないかとすら囁かれている程歴史が長いが、表世界では名前を出していない。
七星は拠点である地域一帯を結界で覆い、一般社会からも身を隠し日本地図にすらその場所は記されてこなかった。
二千年以上の歴史があるとされる七星が事実上の解体。彼らが拠点とする山が突如出現し、一週間経った今も地元は大騒ぎとなっているらしい。
「・・・結界壊した犯人、ここでくつろいでるんだけど。」
術士専用ネットニュースを携帯で見ていた宇佐美頼安が顔を向ける。
海外家具メーカーのL字ソファーで横になり、携帯ゲーム機で遊んでいた透夜が鬱陶しげな顔でチラ見して、またゲームに戻った。
頼安が貸したオススメ対戦ゲームにハマってずっと独占している。
「犯人とか、人聞きの悪い。宗家である四斗蒔家の俺が自分の判断で動いたまでです。」
「同じ七星の人達に相談も事前告知もなくでしょ?ほら、このおば様。めっちゃ驚いたってインタビューで言ってるよ?」
「言ったら反対多数で四斗蒔家の名が汚される。その前にやったまで。それに、占いと星位置的にあの日にやる必要があったんですよ。これも天命。あ、クソッ。また負けた。」
カチカチとボタンの連打音が透夜の事務所である高層マンションの一室に響く。
年が明け、本日一月五日。
年末年始は実家に帰り羽を伸ばしていた頼安も、明日から大学が再開するため東京に戻ってきた。
すっかりたまり場となった透夜のマンションを訪ねると、案の定自宅ではなく此処でゴロゴロしていた透夜に出迎えられた。
彼の従者である蘆南星爾は席を外しており、相棒でもある大学の先輩伊埜尾嵐は夕方に顔を見せるとライムが来ていた。
携帯をソファーに投げ出して、フカフカの背もたれに体を預ける。布団に包まれているかのような安心感に事の重大さとか全部どうでもよくなる。
この子が決めて、自分で動いた結果だろう。
「夏海ちゃん探すって意気込んでたのに、そんなのんびりしてていいのー?」
「あいつらは夏海を傷付けたりはしてないって確信があるので。
奴らの要求は武蔵野国結界の解除。それも占いである程度の日取りが定まってます。
それまで何もしてこないし、俺に居場所を悟られるようなこともしないでしょう。」
「それ、いつ頃か分かってるの?」
「まあ大体。それより頼安さん、コイツの弱点なんスか。全然勝てないんですけど。」
口を尖らせて画面を見せてくる透夜に苦笑を漏らして、銃を持ったキャラの弱点をレクチャーしてやる。
伝説級の一族を事実上解散させ一つの歴史を塗り替えた青年が、今はゲームのキャラクターに苦戦している光景は、なんだかチグハグで、彼を知らぬ他人は想像もしない光景だろう。
一時間後、嵐が合流し一緒に対戦ゲームで遊び、最後に戻った星爾が作った夕飯を食べ、学生達はそれぞれ家に戻ることとなった。
「やっぱり、透夜クンなんか隠してますよね。」
電車に揺られながら、隣の嵐に独り言を漏らす。
車内には、正月ボケが全く冷めないまま日常に戻される前夜の憂鬱さを抱えた同胞で溢れていた。
此処にいるほとんどの人間は、明日から学校や仕事始めが待っている。
「シスコンの透夜クンが夏海ちゃんをさらわれて、呑気にゲーム出来るわけないッスよ。何か隠してる。」
「そうだな。」
「俺達に協力してくれってお願いしてくれた時はホントに嬉しかったんですけど、動いてるのは更衣先輩と星爾さんでしょ?仕事任されるわけじゃないし、ホントに頼りにされてんのかなぁって。」
「そこに嘘はないだろう。」
「力の差だって、ニュース見て改めて思い知りましたよ。今透夜クンが戦おうとしてる相手だって、平安より昔に封じた大妖怪ですよ?オレなんか、弱小陰陽師一族出身で―イテッ。」
俯いていた側頭部をデコピンされた。
横を向く。車窓の外を見つめる端正な横顔。術士としては後輩だが、頼りになるパートナーがそこにはいた。
「言わないというより、言えないことがあるんだろう。七星の結界を壊した件もそうだ。俺達が想像するよりずっと辛いことが起きても、透夜は一人でやろうとする。そういう奴だ。それでも俺達に声を掛けて仲間に入れてくれた。出来ることは限りなく少ないとしても、側にはいてやろう。」
「・・・そうッスね。」
「あら、素敵!男の友情、そういうの好きよアタシ。」
「へ?」
気がつくと、頼安と嵐以外の乗客の姿は無かった。
車窓の向こうに広がっていた夜景が消え、地下鉄に乗っているかのように真っ黒に塗りつぶされている。
電車の揺れも、どこか変わったような。
「女の人の声!?つかこれ幻術!?」
「ご名答、陰陽師の坊や。」
始めからそこに座っていたとでもいうように、和服を着た大層な美女が足を組んで対面のシートに腰を下ろしていた。
襟を大きく落とし肩と鎖骨、胸の谷間が丸見えで、裾も開いているせいで組んだ美しく長い脚がほぼ全て露わになっている。
ゆるくまとめた白髪には派手な装飾がいくつも刺さっており、顎を乗せる手には赤いネイル。
鮮やかな赤で縁取られた妖艶な瞳の瞳孔は細長く、頭には髪と同じ色の耳が生えている。
なにより、彼女から放たれる強すぎるプレッシャー。
「狐・・・?」
「まさか、九尾の―」
「透夜ちゃんが何をし、これから何を行うか。貴方たち、知りたいでしょ?」
赤い唇がつり上げられる。
これがナバリからの罠かもしれないと頭では分かっていても、その先の提案を聞かずにはいられなかった。
「ああでも、透夜ちゃんに怒られたくないから、記憶は必要な時まで眠らせておくわ。
思い出せるかどうかは、あなた達次第。フフ、面白いでしょ?」
*
一月六日。
正月ボケが治まらない生徒達が背中を丸めながらの登校日。
三年生で受験も関係ない透夜も、さすがに新学期初日は登校日であった為、大人しく学校にやって来ていた。
といっても三年生の初日はHRと掃除ぐらい。
お昼には放校となり、カラオケでも行こうかと作戦を練るクラスメイト達を素通りして荷物をまとめ教室を出る。
階段を降りている途中で、声を掛けられ振り向いた。
眼鏡を掛け髪を二つ縛りにした小柄で地味な女生徒。夏海の親友、乙島杏子だ。
透夜の眉が一瞬揺らいだ。
「あ、あの・・・。夏海は、」
「見てないよ。教室にいるんじゃない?」
「そうじゃなくて。ほ、本物の夏海は、どこですか。」
―ああ、やはり。
陰鬱な影が透夜の目に落ちる。眼鏡のレンズ越しに向けられた真摯な視線に胸がずしんと重くなるのを感じる。
本物の夏海は相変わらず家に戻っていない。隠士に捕らえられたままか、自分の意思で留まっているのか定かでは無いが、大学受験を語っていた妹を留年させるのは忍びなく、幻覚を用いた人形を作りだし代わりに学校に通わせている。
見た目ももちろん、受け答えやリアクションは本人と寸分も違わないはずだ。
にも関わらず、親友のこの少女は偽物であると見抜いてしまった。
「夏海、夏の途中からずっと変だったんです。なにか、悩んでるような・・・。
私、気づいてたけど、何も言い出せなくて・・・。ちゃんと聞いてあげればよかったんです。夏海、元気にしてますか。」
乙島杏子は紛れもなく一般人だ。霊力は全く持っていない。それは透夜もよく知っている。
この鋭い観察眼は、友人として共に妹と過ごしてくれた証であろう。
今度は罪悪感が胸いっぱいに広がる。目頭の奥にこみ上げてくるものを見ない振りをする。
「大丈夫、元気だよ。あと十日もしない内に戻ってくると思うから、待ってて欲しい。
夏海と友達になってくれて、ありがとう乙島さん。戻ったら、また遊んでやってくれ。」
「もちろんです。友達ですから。」
校門を出ると、今度は奏多が透夜を待っていた。
彼は事情があって透夜が通う学校よりずっと偏差値が高い学校に通っている。それが家を出て独り暮しをする条件だったらしい。
よって制服が違う二人が並んで歩く。
「どうしたの、元気ないね。」
「俺の顔はいつでも不機嫌だよ。」
「違うよ。哀愁が漂ってる。」
「そんなのわかるの、お前だけだよ。」
背中を丸めて、マフラーに顔を埋める。
「僕は仲間に入れてもらないの?」
「受験生がなに言ってんだ。」
「世界が終わったら学校も通えない。それに、1日勉強しなかったぐらいで落ちるようなら、そこまでさ。実家に戻りたくないだけだから、大学なんてどこだっていい。」
「薬剤師目指すんだろ?」
「勉強はどこだって出来る。僕は君の幼馴染み。転校して一人っきりの僕に声をかけてくれた君が困ってるときに、手を差し出せないほうが辛い。」
幼馴染みの横顔を見る。
無表情というより、何を考えているか分からない、どこかミステリアスな雰囲気は小学生の頃から変わっていない。
京都の水神を祭る神社として有名な吏九上家の次男だったが、家のいざこざが目立つようになり、母親と共に和歌山の田舎に逃げてきて、透夜のクラスに転校してきた。それが出会いだった。
当時の透夜は今より他者を拒絶し学校でも一匹狼であったが、術士として見えないものが見えていた奏多とは、通じるものがあったのか割とすぐ仲良くなった。
本当は星爾さんの助言を得た後だったため、角が取れ始めていたという起因があったが、奏多には話していない。
顔を前に戻す。
「俺はお前が羨ましいんだよ。やりたい事がハッキリ見えてて、ちゃんと進んでる。
有言実行して、薬剤師になったお前を祝いに行くのを密かな楽しみにしてるんだ。
俺のためにも合格しろ。世界は俺が守ってやる。」
「その透夜を、誰が守るの。」
「俺は強いから、平気だよ。もう一人じゃ無いし。」
「夏海ちゃんは?」
「問題ない。すぐ戻ってくる。今は、ちょっと留守にしてるだけだから。」
それは自分にも言い聞かせる言葉だと奏多はすぐ見抜いていたが、何も言わなかった。
強がりで一人で何でもやってしまおうとするところは、子供の頃から何も変わっていない。
プライドが高く、正義感と責任感も一際強い。自己犠牲を厭わないところも変わらない。
「お酒飲めるようになったらさ、お洒落なレストランとか行こうよ。大人っぽくて、かっこいいだろ。」
「・・・そうだな。」
マフラーから口元を出して、薄く微笑む。
未来を語るのが、こんなに辛いとは思わなかった。
自分にはもう、残っていない幻想だ。
ついこないだまで、当たり前に来ると思っていた。
適当に毎日を生きて、言われるままナバリを退治して、気づいたら大人になっている。そんな日々がこのままダラダラと続くのだと。
だがもう、手に入らない。
あと八日。その日に、俺は――――世界から消える。
*
一月七日
更衣に呼び出された透夜は、術士協会本部の休憩所で奢ってもらった缶コーヒーを飲んでいた。
白い家具と白い壁はカジュアルモダンテイストで、女性社員が好きそうなお洒落な空間になっている。
そのため、円形の白テーブルに全身黒づくめの大男―術士協会会長が座っているのはとても違和感があった。
同じ缶コーヒーは、本郷会長が手にするととても小さく見える。
いつもなら事務職員や本部にやって来た術士達が数人は必ずいて、備え付けの飲み物やお菓子を買ってくつろいでいるのだが、本郷がいるせいか、今彼ら以外人はいなかった。
軽い世間話をいくつか挟んでから、更衣が数枚の紙を机に置いた。
「来栖比紗奈が持つ刀の出所が判明しました。」
書類には、写真が数枚貼り付けられていた。
どこかの小さな神社の外観と、神社内部と思われる古びた一室、何も掛かっていない刀掛け。
「あきる野市の山奥にある比山神社に、白い蛇の神使が授けた二振りの刀、という言い伝えがありました。
片方は隠を斬り、片方は神社を守ると言われ氏子にも大事にされていたようですが、三、四前に守り刀の方を盗まれたせいで神社は一気に廃れたと近所の住人から証言とれました。
さらに、同市の術士向け歴史資料館には、隠者に落ちた人斬りを比山神社の刀が成敗した、という伝承があります。」
「ノエルという少年の中にいる人斬りの魂か。」
「確信も証拠もありませんが、仮説は成り立ちます。」
会長が、机の上の資料を手に取って目で追ってるのを待ちながら、缶コーヒーを煽る。
甘党なので、当然加糖。ほぼカフェオレみたいな甘さだ。
「何を狙ってかわかりませんが、来栖夫妻が神社から守りの刀を選び娘の魂を呼び出す媒体にした。
その所業が隠士にバレ、人斬りの魂を呼び出すよう脅された、って所でしょうね。
実の娘は失敗したけど、人斬りを成敗した刀は因果が出来ているため成功。皮肉だね~。」
「更衣さん、よく調べあげましたね。ネットにも載ってない情報でしょうに。」
「俺の情報網舐めないでくれたまえよ、透夜くん。といっても、この人斬りの詳細までは記されてなかったから、名前すら不明だけどね。」
「体の少年に罪はない。その人斬りの魂だけを祓いたい。」
「簡単よ、刀を折ればいい。媒体であるこれが魂を繋いでいる。もちろん、私の魂もね。」
休憩室に現れた来栖比紗奈が、手にした刀を掲げながら近づいてきた。
今日もやはり制服姿だった。
机とセットの白い椅子に座ることはなく、不機嫌な顔して透夜を睨む。
「情報わかったら呼んでって言ったじゃない。除け者?」
「俺も今更衣さんに呼ばれて話聞いてる最中だ。それにわかったのは刀の詳細だけ。」
ノエルという少年が貞許カンパニーの一人息子であることは比紗奈には伏せてある。
無実の少年の家を急襲して、無理矢理刀を折ってしまいかねないからだ。
刀を無理矢理折ってどんな事態に落ちるか予測すらつかないのに、罪の無い一般人の少年を危険に晒すわけにはいかないというのが、三人の総意だ。
「お前の両親を実際に殺したのは少年の中にいる人斬りだが、来栖夫妻を探しだしたのは隠士のボスか、参謀の平川という男だろう。奴らの居場所を今必死に探しだしている。」
「夏海がさらわれたから、慎重にやってるだけじゃない。なによ、呑気に三人顔を合わせてお茶会?早く私に奴らを斬らせなさいよ。」
再び缶コーヒーをあおりながら、下唇を噛んで苛立つ比紗奈を見上げる。
両親を脅し無理矢理秘術を使わせた憎き相手の情報が鮮明になってきて、焦っているのだろう。
「あんたもあんたよ、四斗蒔透夜。夏海がさらわれ敵の手に落ちたっていうのに二ヶ月以上なに呑気にやってるのよ。本当は、妹がいなくなって清々してるんじゃないの?」
「おい、比紗奈。」
「夏海だって、自分の意思であんたの元を去ったのよ。夏海にそんな選択させた、あんたの責任なんじゃないの?」
「いい加減にしろ。」
透夜は言い返さず、缶コーヒーを机に置いた。
そんな透夜の様子に更に苛立った様子の比紗奈は、険しい顔を更に邪険させ本郷を睨み付ける。
「私だって自分の意思を通すわ。邪魔しないで。」
「待て、」
ポニーテールを揺らして、比紗奈は足音を大きくさせ出ていった。
本郷がため息をこぼした。
「ははっ。手厳しいね。」
「俺達が夏海の安全を優先して守りに徹してると思ったのだろう。」
「とっくに捨て身だっていうのにね。大丈夫かい、透夜くん。」
「ええ。」
「ノエル少年が夜な夜な出入りしている場所は判明している。
本当に踏み込まなくていいのか。協会は全力でバックアップするぞ。」
「来栖の言う通りです。夏海は夏海の意思で俺から離れた。
今無理矢理取り戻しても意味はない。それに、冥王の奴は俺に儀式をさせるためなら何だってする。」
「その儀式なんだけどさ、宇宙の門を開けてエネルギーの流れを解放するってやつなんだろ?
武蔵野国結界の基盤とどう関係があるのさ。」
「前回、摩夜は天狼星としての儀式方法を利用して冥王の魂を武蔵の地に封じました。
つまり、門を閉じた状態にしたんです。俺が儀式を行えば、再び門は開くので、必然的に封印の楔が抜けます。」
なるほどね、と更衣が腕を組む。
「今思えば、法具を狙ってたと見せかけて、俺に揺さぶりをかけていたんでしょう。夏海の体内にあることを見抜いた上で。
夏海には、法具を取り出してやるとか適当なこと言って、抜き取る気なんてさらさら無い。」
机の下で拳に力がこもる。
最初から、全て見抜かれた上で、後手に回されていた。
奴の手の上で踊らされていた自分が酷く滑稽で、悔しさが血管を使って頭に上るみたいだった。
「お前は今、儀式を行うしか道は無いと思い込んでいる。他の道を探すのを諦めるな。」
「・・・俺は生まれた時から天狼星の宿命にありました。遅かれ早かれ、摩夜が行えなかった怠惰を拭い命を賭して門を開くのが役目なんです。人はいつか死ぬ。突然の事故や病気で簡単に死ぬ時だってある。俺も同じようなものです。夏海がさらわれたのだって、宇宙が俺に儀式をさせるために書いたシナリオとすら思えます。」
「宇宙意思とか言われても、眉唾もんのスピリチュアルセミナー詐欺を聞いてる気分だけどね。七星の君が言うならそうなのかなとも思う。けどさー、本郷さんが言う通り、諦めるの早くない?此処のところ、君らしくないなって思ってるよ。」
「これしか無いんですよ、夏海が生きて行ける道は。術士でもなんでもない普通の人間が、長い間法具と融合し続ければ、いずれ体の細胞が壊れる。加えて、夏海は再生能力があるからと無理をし過ぎて細胞分裂を繰り返してきました。法具はただ、入れ物である器を勝手に直していただけで、人間が本来持っている自然治癒能力とは別の機能を強制的に実行させてきた。いつ限界が来てもおかしくない。」
初めて聞く話に、更衣も表情を引き締めて透夜の話を聞いていた。
「夏海が自分の体内に法具があると自覚した今、俺が媒体となって繋いでたリンクは間も無く切れます。その前に儀式を行って気の流れを循環させつつ、儀式の余力を使って夏海の体を癒やし傷ついた体内組織を治します。治癒には儀式が最適解。最高のタイミングなんです。」
「で、お兄ちゃんは消える、と。それで夏海ちゃんは喜ぶと思うの?」
「元々は父が無理矢理記憶を書き換えて兄だと思い込ませてたんです。洗脳が解ければ呪縛も解けて普通の生活に戻れるでしょう。友達もいるし、まろんも喜んで夏海の世話を焼いてくれるだろうし、生活に困らないお金は残して行きますから、準備は万全―」
「お前はそれでいいのか。」
耳に入ってきた低音に反射的に顔を上げた。
真っ直ぐ向けられた本郷会長の刺すような視線に胸がざわつく。
視線をまた下ろして、なんとなく缶コーヒーのラベルを見る。
「・・・未練が無いといえば嘘になります。けど、これは俺と、一般人の子供を巻き込んだ父の罪です。虐待されてたとはいえ、本人達の意思を全て無視して本当の親から引き離したんです。誘拐同然で。償わないと。
それに・・・、母を解放してから、俺の存在理由が無くなってしまったんです。母を無事に起こすことが俺個人の目標で夢でした。俺は、他にやることもない。」
「答えを出すには早すぎる。」
「そうだよ。やりたいことを見つけられずに大人になる人なんて沢山いるけど、全員もれなく生きる資格があるんだよ?」
「もう、決めましたから。」
諦めたように自嘲気味な笑顔を落とした透夜に、二人は何も言えなくなった。
これ以上の言葉は、きっと安っぽくなってしまう。
透夜が背負ったものは、想像するよりもずっと重くて深いものだ。
「友人としては、君に諦めてほしくはないんだけどな。」
いつもの軽い調子が抜けた真剣な更衣の言葉に、透夜はありがとうございます、と嬉しそうに返したのみだった。