第四部 消えゆく流れ星4
術士協会特位・四斗蒔透夜が武蔵野国結界を解こうとしていると噂が広がり
一月十三日に行われた術士協会幹部による緊急の話し合いの結果、事情聴取を行うと声明を発表。
こちらの要求に応じず抵抗した場合、強硬手段による身柄拘束を許可。
相手は史上最強の術士。人命に対する保証は不要。
『なんとしてでも武蔵野国結界の解除を阻止せよ。』とのことである。
幹部会にしては珍しく真っ当な判断だと思った。
自分の地位と権力、金を守ることしか考えていない腐った連中ばかりだが、
さすがに武蔵野国結界の重要さは気づいているようだ。
自分が持っている財産をただの紙切れにしたくないとか、そんな動機だろうけど。
「一之宮から六之宮は既に厳重警戒が張られ術士と番犬と式神が勢揃い。
現実世界側からは警察が君の手配書配りまくって捜索中。金と権力に者言わせて続々各所に術士集合してる。透夜君捕まえたら懸賞金が出るなんてデマも流れて、現場は熱気に包まれてるよ。」
「本郷会長、さっさと幹部会解散させておけばよかったのに。」
「そう簡単にはいかないさ。これから儀式やるんでしょ?対人対策は?」
「してませんよ。更衣さん、信用してますから。」
「こういうときだけ可愛いこと言って・・・。どこまで保つかわかんないけど、幻影と人避けやっておくよ。三下はまず通れない。手練れは無理だから覚悟しといてね。後でちゃんと、お金払いに来なよ。」
最後だけ真面目な調子になって、声は消えた。
後で、が来ないことを彼も知っているはずなのに。
「心配せずとも、冥王が邪魔させないように囲うだろうが、無差別に殺されても適わない。更衣さんが居てくれてよかったよ。あとは―」
透夜の左斜め前に影が落ちる。
結界の張った夜空から、金色の影が落ちてきて、星爾がそれを受け止めた。
冷たい夜にキンという甲高い音が響いた。
音に続いて、今落ちてきた少年の服と髪がなびき、顔に張り付いた残忍な笑みを口角を上げて深める。
時間にして一秒。透夜とその少年は睨み合う。
少年の刀を防いだ星爾が腕を振って少年を退ける。
後ろに飛んで避けた少年が、透夜がいるビルの屋上に着地する。
「今晩は、お兄ちゃん。」
鞘の無いむき出しの刀を後ろ手に握ったまま、可愛らしくお辞儀をする。
今日もフランス人形のような顔立ちで、茶色い毛長ケープを羽織っている。
夜であっても目映く見える金の髪と青い瞳。
儚げな雰囲気を持ちながらも、長い前髪の下にある両目は油断のない鋭利な輝きを宿し、口元は子供が宿すには残忍で下卑た笑みを浮かべている。
「ボスから聞いてるよ。お兄ちゃん、今日死ぬんでしょ?消える前に、僕と戦ってよ。」
「俺を傷付けたらそのボスに怒られるぞ。」
「構うもんか。僕にはわかってるんだ。僕の欲を満足させてくれるのは、現世においてお兄ちゃんだけ。さあ、戦おうよ!命を賭けたやり合い、興奮するよね!」
「勝手に盛ってなさいよ、変態人斬り野郎が。」
女性の声が夜に現れ、次に白鞘の刀を構えたセーラー服姿が舞い降りる。
長い髪を踊らせ、真冬だというのに半袖のセーラー服。
重なり合う白鞘の二振りは、柄、鍔、刀の文様に至るまで全く同じ拵え。
刃同士が鈍い音を鳴らす。ぶつかる力まで均衡しているようであった。
先程まで楽しげに笑っていた少年は、笑みを引っ込め苛立ちで鼻に皺を寄せた。
「クッソ。邪魔するなよメスガキ!」
「これ以上あんたに人は殺させないわよ。刀も返してもらう。」
「嫌だね!」
手首をひねって刃の向きを変え、横凪に刀を払う。
少年は宙返りをしながら大きく後ろに避け、そのままビルの縁を蹴って隣のビルに飛んだ。
「あいつはアタシが相手する。」
そう早口で言い残し、来栖比紗奈もビルの縁を蹴って少年を追っていった。
「忙しないな。」
「比紗奈は平気。連れてきたわよ。」
「薬師寺さん。ありがとうございます。」
今日も紺の上衣と紺の袴を纏った凜々しい薬師寺が、小柄な少女の腕を引きながらやって来た。
「ひぃぃ!ななななんであたしを連れてきたのよぉ!」
ダッフルコートにマフラーをしっかり巻いて防寒しているのに、生足のままの女子高生は、怯えた顔と表情をして引かれる腕に僅かに抵抗をしている。完全に無意味な抵抗だが。
結界術士として有名な生田目一族出身の、生田目藍佳。
秋の中頃、隠士による大量のナバリ顕現事件―通称百鬼夜行の数日前に術士協会に保護され、隠士の情報と引き換えに協会入りを許された。
幼いころから生田目一族の落ちこぼれとして蔑まれてきたらしく、当人はとにかく自己評価が低く、今風に言うと陰キャで根暗。
協会でも始めは孤立していたが、薬師寺が何かと気に掛けてくれていると聞いたことがあったのだ。
「お前に頼みがある。俺はこれから武蔵野国結界を解く。」
「は?」
「儀式の前後、武蔵エリアを全て覆って一般人から隔離してくれ。」
「はあああ!?むむむ無理に決まってるじゃない、そんな広範囲!」
「問題ない。術式は外周の各ポイントに刻んであるから、点と点を結ぶイメージで―」
「無理無理無理無理!あたしは生田目一族の落ちこぼれで、長時間維持が何よりも苦手なのよ!
それに、内側が平和ならまだしも、あんた達どうせ大暴れする気でしょ!?
あたしの力で抑え続けられるわけないじゃない!バカなの!?」
「大真面目だよ。」
からかう様子も叱るような様子もなく、生田目藍佳を真っ直ぐな瞳で捉える。
「お前の結界は素晴らしいよ。俺も何度か真似して使わせてもらったけど、組み込まれた緻密な設計の完全再現は出来なかった。」
「いや、あんた簡単に外からぶん殴って破ったことあったじゃない・・・。」
「この俺が解くのに十分も掛かったんだ。誇っていいぞ。」
「うわ!自慢と上から目線のダブルパンチ、うざすぎ。」
「本郷会長経由で他の結界術師に協力を要請してある。お前の術を補助してくれるから安心しろ。
それと、夏海が戻ったら、友達になってやってくれないか。あいつ、友達少ないんだよ。」
「だからぁ!な、なんで私が・・・!」
「あいつ嗅覚は鋭いんだよ。自分を傷付けるような心の狭い奴に心を開かない。」
頼んだぞ。と透夜が柔らかい微笑みをかすかに向けたすぐ後、薬師寺が生田目藍佳の首根っこを掴んでどこかへ転移した。消える瞬間藍佳の悲鳴が聞こえた気がするが、薬剤師に任せておけば問題ないだろう。
透夜が立っているビルの屋上に複数の白い影が近づいてきた。
ビルとビルを軽業師のように伝いやってくるのは、白衣に身を包み紙で顔を隠した人間―いや、人形の式神であった。数は二十程だろうか。
透夜がいるビルの屋上から少し浮いた空中で足を止める。
どれもこれも白衣に裾を縛った白袴。顔は紙に覆われ、描かれた模様は複数存在していた。
呼び出された神社の紋なのであろう。それぞれが刀や錫杖、札などを所持している。
「武蔵国守護の宮主が式神を寄越して来たか。ま、結界の守り主として敵を排除するのは当然だな。」
脇に控えていた透夜の従者が、一歩前に出る。
「俺の出番だな。」
「今頃祝詞上げまくって無限に湧いてくると思うから、適当に相手して逃げてよ。」
「此処にいる。」
「・・・ありがとう。行ってきます。」
「ああ。」
くるりと向きを変えた透夜が二歩進むと、何もない空間が波打ち、透夜の体は見えない壁の向こうに消えていった。
背を向けていた星爾は両手に白いオーラを纏い、重心を落とした。
「主の邪魔はさせない。」
*
「せっかく0時ちょうどにハピバライム送ったのに、既読にならないと思ったら・・・。」
宇佐美頼安は携帯を見下ろしたまま顔を強ばらせた。
画面に表示されている無機質な文字列。日本語で書かれているはずなのに、理解が出来なかった。
『緊急指令。特位・四斗蒔透夜による術士協会、引いては術士世界全体に対する反乱の意思を確認。武蔵野国結界の解除阻止を最優先せよ。捕獲が望ましいが、抵抗する場合生死は問わない。』
最後の一文が恐ろしいほどの冷たさを持って画面の中で居座っている。
「考えればわかるじゃないか・・・。透夜くんは冥王ってやつに武蔵野国結界を解けって脅されてるんですよ、夏海ちゃんを人質に取られて!本郷会長だって知ってるはずなのに!」
泣いてるのか怒っているのかわからない、感情が交ざりすぎて情けない声を後ろにいる相棒に向ける。
二人は今、巨大な折り紙の鶴に乗って飛行していた。
頼安が最近習得した飛行術で、複雑でリアルな造形はまだ不可能だが、馴染み深い折り紙の鳥であれば具現化出来るようになった。
それに乗って、彼らは透夜を探していた。
本部からの緊急指令を見てすぐ透夜に連絡を取ったが電話は繋がらず、武蔵小杉のマンションには星爾の姿すらなかった。都内に向かっていたところ、結界が張られている気配を感じて渋谷辺りを飛んで捜索を開始したのだ。
どうやら都内全域に一般人から術士やナバリの存在を隠す結界が張られているらしかった。
「保身しか考えていない幹部連中が会長を無視して勝手に通知だしたんだろ。結界が解けた後のことより、責任問題を恐れて透夜一人に罪をなすりつける魂胆だ。冥王の存在も完全に無視を決め込んでいる。」
「早く透夜クン見つけて合流しないとッスよ!幹部会にべったりな術士連中は山ほどいるんだ。いくら最強の透夜クンだって、まとめてこられたら対処出来ないかも・・・。本郷会長か更衣さんを探せば何か知ってー」
「待て。あれを見ろ。」
嵐が右手側を指差したので、なぞるように視線を向ける。
無数の白い塊がビルとビルの間を飛び回っていた。夜を拒絶しているのか、拒絶されているのか。その影は夜に浮いていた。結界内でなければ一般人にも目撃されていただろう。
それらは人間のような形をしていたが、不自然な関節の動きで、顔は白い布で覆われている。
白装束に身を固め、手にはそれぞれ武器を持っていた。
「あれ、神社の神主達がよく使う式神ッスよ。あんなに沢山?」
「武蔵野国結界を解かれたくないのは、宮を任されてる神社も同じってことだろ。」
「透夜クンもそっちにいるのかも!行ってみましょう。」
式神達にバレぬよう、かなり距離を取って後を追う。
式神達は揃って同じビルに降り立ち武器を構えて見せた。
そこには、蘆南星爾とかしこまった装束に身を包んだ透夜がいた。
戦いが始まるのかと緊張が走ったが、星爾一人残して透夜は空間の狭間に消えてしまった。
星爾に加勢しようと鳥を進めたが、見えぬ壁に阻まれた。
見えぬ壁に触れた途端、乗っている鳥の具現化が強制的に解除され、二人は地上まで落とされた。
地面に直撃する直前に頼安が小狐を複数召喚しクッションになってもらったが、衝撃に耐えきれず小狐は消え、投げ出された二人の体がコンクリートの上を転がる。
「いたたた・・・。すみません嵐さん、大丈夫ッスか?上手く受け止めくれなかったッス。」
「いや、助かったよ。」
二の腕や足に走る痛みを堪えて立ち上がった二人は、今落ちてきた場所、星爾が戦っているであろうビルを見上げた。
ビルは八階建て。さすがに屋上の様子は窺えず、音や声も聞こえては来ない、
何が起きているのか、さっぱりだが、透夜を狙って都内が騒がしくなっているのは確かだった。
胸騒ぎがする。
急激に頭上から降りてくる疎外感に胸の奥が冷えていく感覚が内臓を震わせた。
「透夜クン、正装に身を包んでましたよね。
陰陽師系や仏教系術士にとって正装は神に向き合うという大切な意味を持ちます。
オレん家で言えば、何をするにも占いが第一なんで、占いで日取りを決めて儀式をする日は必ず正装に身を包んでました。
透夜クン、秋に夏海ちゃんがさらわれたすぐ後は活動的だったのに、急に傍観に徹したというか、動かなくなったじゃないですか。
今日この日を、占いで見えていたんじゃないッスか?始めから武蔵野国結界を解くつもりだったとか・・・?」
生傷が夜の霊気に当たってジンジン痛む拳を握りしめる。
「仲間に入れてくれたと思ったのに、肝心なことは内緒なんて・・・!やっぱオレが弱いから!?
頼ってくれた時は本当に嬉しかったんスよ?ツンケンして夏海ちゃんしか興味ないですって子が、受け入れてくれたんだって・・・。だから、今回も力になりたかったのに・・・!」
自分で叫びながら、自分で情けなくなった。
陰陽師の血筋とはいえ本家から枝分かれした分家も分家。
陰陽師であることよりも山奥の田舎でのんびり暮らすことを選んだ一族だ。
競う相手もいなかったため力は衰えていった。
大学進学を期に東京に出て来て驚いた。世の中の術士は強い。
陰陽師であると傲っていた自分が恥ずかしくなった。
回りにどんどん追い抜かれながらも、四位にまで登り詰めた。
強くなったとまた傲ってしまった自分の前に現れた、四斗蒔透夜という少年。
高校生でありながら最強の力を持っており、性格的にも一匹狼気質で回りを寄せ付けなかった。
声を掛けたのは、力を持っていてもどこか寂しそうな横顔にシンパシーみたいなものを、一方的に感じたからだ。
しつこく声を掛けたら、口は悪いままでも心を開いてくれるようになったし、遊びに誘えば二つ返事でついてくるようになった。
付き合ってみると普通の、見栄っ張りで意地っ張りの高校生であった。
妹を守るために虚勢を張って強くみせ他者を警戒していることもわかった。
その頑張りが可愛くて、時には弟のように思っていた。
なのに―。
この距離の差が、自分と透夜の差を表しているようで、惨めな寂しさがこみ上げてくる。ビルを睨み付ける頼安の隣に、嵐も並ぶ。
「ここ一週間、透夜は大人しかった。自分から出掛けたいと言ったのも、今日この日がくるのを知って怯えていたからじゃないのか?
それに、透夜を見ていると、胸がざわつくこともあった。なあ、俺達、何か忘れてないか―?」
顔を嵐に向けると、真っ直ぐな瞳と視線がぶつかる。
「冥王に武蔵国結界を解けと言われていること以外に、何か大事なことを、俺達は聞いた気がしないか。」
「大事な、こと・・・。透夜クンが遠くに行っちゃうような気が、そういえばオレもそんな気が・・・。」
指摘されて必死に頭の中をかき回して情報を探すが、指先で何も掴めない。
見えない雲の中で、右往左往するしかないもどかしさが苛立たしい。
ただ、焦りが胸の奥から警鐘が鳴り響き自分の声が、自分に向かって戸を叩くみたいに胸を叩いて訴えている。
「オレ、行きますよ。何もしないで、安全な場所で待ってるなんて嫌です!
透夜クンは他人のためならいくらでも自分を犠牲にする。結界を解いて何をしようとしてるか知らないッスけど、見張ってないと!」
「ウフフ。やっとアタシの出番かしら~」
電話越しのような、籠もった女性の声が聞こえた。
透夜を捕らえようとやってきた術士の可能性もあると察し、嵐は武具の斧を召喚し、頼安もウェストポーチから札を取って構えながら振り向いた。
そこに居たのは、裾の長い白い着物を大胆に着崩した妖艶な女性。
頭には三角の耳が生えている。
「ああああ!」
耳の生えた女性を指差して叫ぶ頼安の甲高い絶叫が、人の居ない街に響いた。
「思い出した!九尾の狐!ってことはっ!?」
「・・・早く透夜を止めないとっ、」
「タイミングよくちゃんと思い出したのね。えらい、えらい。」
赤く長い爪を二人に向けながら、女性―九尾の狐はウィンクをしながら楽しげに首を傾げた。
「さあ、死ぬ覚悟は決まったカナ?」