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第四部 消えゆく流れ星7

 

白い影が二つ、赤く染まったビル群の上を飛び回っていた。
不定期に、だが頻繁に響く金属同士が合わさる甲高い音。
半袖のセーラー服を纏った来栖比紗奈は、まとめた長い黒髪を踊らせながら振り下ろされる打撃を避け、または受け続けていた。
相手は子供なのに、一打一打が重く鋭く、刀で受けてはいるのに手首を越えて二の腕が震えてくる。また、確実に隙や死角をついてきて防戦一方であった。
刃の長さ、波紋までも全く同じ白い拵えの刀を使っているのに、元々の実力が明らかになる。
比紗奈は独学で刀を学び使っている。期間は人間の時間軸で三年ほど。
比べて、相手は元剣豪の人斬り。魂はナバリ落ちてはいるが、刀の扱いは比紗奈より長けている。
何度目か、刀同士が合わさると金髪の少年が綺麗な顔を歪めて笑った。


「この刀はな!生前の俺様を斬った忌まわしい代物。
神社の神主が大事にしてた刀で人を斬るなんて最高じゃねぇか!なあ!」

 


愉快そうに狂った笑い声を上げるも、青い瞳は憎しみで燃え笑ってなどいなかった。
フランス人形のような綺麗な顔が作り出す憎悪と狂気に染まって、全く別人の魂が入っているのだと説得感があった。

 


「もっと斬って斬って、斬りまくりたいんだよ俺は!この現世でな!
おらおらどうした。親の仇取るんだろ!?そんな柔な攻撃じゃ俺様の腕すら落とせねぇよ!」

 


剣術というより、棒を乱暴に叩き落とすように剣を何度も振り上げて落とす。
おもちゃを手に入れた子供がはしゃいでいるような、いたぶる小動物を見つけてテンションが上がっているだけのような。

 


「目障りなんだよお前も、その刀も!」
「この刀が怖いのね。」
「は?」
「あんたが私をさっさと殺さない訳がわかった。」

 

振り下ろされる一打を弾いて、右に大きく一歩ずれて少年の肩を狙うも、器用に手首を捻って刀の腹で切っ先を捕らえる。
笑うことを辞めた少年が、腕の隙間から比紗奈を睨み付ける。

 


「ずっと疑問だったのよ。本気を出したら私より絶対強いのに、いつも逃げるだけ。
二振りは番い、加えてこの刀は守りの刀。傷を付けられないのでしょ。私に。」

 

後ろに飛んで逃げる少年を、比紗奈はすぐさま追いかけた。
―私は本物の来栖比紗奈ではない。
名もない、ただのナバリ。
目を開けて最初に見たのは、落胆する両親の顔。
待望の自分の娘ではないのがわかったのに、受け入れ育ててくれた。
ナバリであった私に、人間の心を取り戻させてくれた。

 


「両親がやったことが例え禁忌だとしても、娘を思う親の心は否定させない。お前は両親の罪。私が責任を持って地獄に送り返す!」


両手で柄を握りしめ、右足を踏み込みながら刀を突き刺した。


お父さん、お母さん―
短い間だったけど、家族にしてくれてありがとう―

 


「比紗奈!無事か!」

 


ビルの屋上に、黒い服に身を包んだ大男―本郷が現れ比紗奈の元に駆けつける。
息を切らした本郷が見たものは、比紗奈が握る刀が、金髪の少年の、その心臓を突き刺している光景だった。
それから、バキッという乾いた音。

 


「ハッ、最期まで最悪だよ、お前。どうせなら斬られる感覚欲しかったぜ。」
「この刀は人の子を傷付けない。刺したのは、あんたの魂だけよ。」


無表情な表情を浮かべていた少年が、口端をちょっとだけ上げてニヒルな笑みを落とす。
比紗奈が刀を抜くと、少年は糸が切れた人形のように地面に倒れて動かなくなった。
刺された胸から出血はなく、服も切れてはいなかった。
中腰であった比紗奈が姿勢を正したのと同時、結ってあった黒髪が背中に落ち、どこからか吹いてきた弱い風になびく。

 


「その子は無事か。」
「平気よ。人斬りの魂を追い出しただけ。刀も無事。ほら、横に転がってる。」
「だが今、折れたような音が―。」
「それはこっち。」


比紗奈の手に握られていた刀の切っ先が綺麗に欠け、無くなっていた。


「あの変態人斬り、突き刺す直前に折ったのよ。タダでは死なないなんて、ホント憎たらしい。」


口調はいつも通りなのに、どこか清々しさを感じる声が軽やかに吐かれる。
比紗奈の体の輪郭が、金色に光り始め、指先から粒子となって崩れ始めた。
崩壊は早く、一呼吸の間に左半身が消えてしまった。

 

「両親がこの刀を選んだのは、夢に白蛇が出て来たからなんだって。
信心深いから、あの人達。何も考えず神社から刀盗んだの。
因果がねじれたのも納得よね。こんな力も名声もない野良ナバリ召喚して、大事に育てちゃうんだから。」
「比紗奈・・・。」
「夏海が戻ってきたら伝えてよ。楽しかったって。」


振り向いて微笑む少女の顔は、満ち足りていた。
金色の粒子は赤い世界の中でも美しく少女を彩って、そして体は全て粒子となって消えてしまった。
カランと音を立てて落ちた白鞘の刀。


「会長。電波は壊滅ですが、旧式のトランシーバーは使えるようで、薬師寺と連絡取れました。」


音も無く、突然現れた秘書の川村はいつも通りきっちりとした出で立ちで後ろに控えそう言った。
本郷は横たわる少年を抱き上げた。

 


「透夜さんの姿は確認出来ません。」
「陣形を立て直す。透夜が戻らずとも、必ず冥王を留める。」


少年を抱いたまま向きを変えた本郷の顔は、筋肉が強ばり纏う雰囲気がするどく野蛮で、獣のような気配に変わった。
川村はいつも通り何も言わず、後ろをついていった。

 

 

 


 


白き巨大な狐の背にのって、赤く染まった東京の空を飛ぶ頼安と嵐は、眼下に並ぶビル群を注意深く観察していたが、焦る気持ちは募るばかりだった。


「星爾さんいました!?」
「わからない、さっきまであの辺りで戦ってたと思うんだが・・・。」
「星爾さんは常に透夜クンの近くにいると思うんだけど・・・。無事でいるよね、透夜くん・・・。」
『此処、真っ赤で落ち着かないわねー。』
「え、ちょっと九尾さん!?」

 


白狐が急に高度を上げたかと思えば、東京タワーの展望台上に着地したので、二人も仕方なくその背から降りた。
普段生身で立つことはない高度。柵も何も無い場所に背筋に震えが走るが、怖がっている場合ではない。

 


「透夜クン探すの手伝ってくれるんですよね!?」
「キャンキャン子犬みたいに喚かないで頂戴。」

 


犬みたいに後ろ足で耳の後ろを掻いた白狐は、ぐっと伸びをした後、可愛らしくお座りをして頼安の顔を見上げた。
 


「坊や、安倍泰成の血が混じっているでしょ?」
「え、あ、まあ一応?宗家土御門家から早い段階で分かれた一族なんで、血はかなり薄まってますけど。」
「あたしの封印解きなさい。」
「へ。」
「泰成の、もっと遡れば葛ノ葉の子である清明の血が混ざってるなら問題ないわ。」
「いやいやいや!ダメでしょ、それ。」


玉藻の前とも呼ばれる九尾の狐。二尾の狐とある説もあるが、目の前の白狐の尾は九本。
鳥羽上皇の時代、美しい女に化け上皇に取り付いて生気を吸い取り悪さをしていたが、当時の陰陽師安部泰成が見破り払った。その後下野まで赴き退治され、殺生石に変化し近づく人間や動物の命を奪ったとされる。
その後は高僧に払われ破壊され、欠片―といっても巨大な石―が観光スポットにまでなった。
一般人も知る浄瑠璃や小説にもなった有名なナバリが起こした事件であり、特位級の大妖怪。
最近、殺生石にヒビが入ったことで魂が外に出れるようになって術士界隈は大騒ぎになったが、力の大半はほとんど封じられたままなので野放しにしていた。
封印されているという確証があるからこそ、頼安と嵐もこの大妖怪と共闘することにしたのだ。
透夜のために。

 

「それに、オレ落ちこぼれ陰陽師一族ッスよ?封印解くなんて出来るわけないじゃないっすか。
上手いこと言って自由になる気じゃないでしょうね!?透夜クンがいないからって。」
「疑うのは勝手だけど、時間ないわよ。」

 


スラリとした鼻先を右に向けたので、二人もそちらに顔を向ける。
遠くに見えるスカイツリーが黒い雲に囲まれ、周りでチカチカと雷が光りここからでも分かるぐらい激しく稲妻が走っている。
赤い世界で、黒い雲がツリーの半分から上をすっぽりと包み込み始める。

 


「冥王がこちら側に戻ってきたわ。透夜ちゃんは冥王殲滅に失敗して、宇宙に連れて行かれたようね。さ、どうする?」

 


チリチリする風に体毛をなびかせた白狐が再びこちらを向いて、可愛らしく首を傾げた。

 


「・・・オレに死ぬ覚悟があるか聞いたのは、命を賭けて封印を解かせるって意味ですか。」
「そうね。泰成の力が反発して坊やの体真っ二つになるかもしれないわね。」
「透夜を取り戻す術があるから手伝えと言って来たのはあんたの方だ、九尾の狐。まさか自分が解放されたいがために頼安を犠牲にしようと企んでいたのなら、ここで祓う。」

 


ずっと大人しく話を聞いていた嵐が、頼安を庇うように前に立ち塞がって、武具斧を取り出して白狐の鼻先に突き刺した。
普段無表情が多く人当たりがいい彼が、険しい顔を向ける。
が、頼安が嵐の斧を下ろさせたかと思えば、突然体を九十度曲げて頭を下げた。

 


「すんません!キレーなお姉さんの頼みでも断ります!」

 


大声で一蹴するような声に白狐は目を真ん丸に開いて、わずかに半身を反らせた。
腹から出てるような声は、どこか爽快で潔い。

 


「透夜クンを死なせないために動くのに、オレが死んだら意味ないんで!
・・・落ちこぼれ術士でも、最後まで戦って死んでみますよ。透夜クンだってきっと帰ってくる。そう信じてます。」

 


顔を上げた頼安は、どこか覚悟を決めたような、凜々しい表情をしていた。

 


「根拠のない自身だこと!透夜ちゃんは自分で帰ってこれないから誘ったのよ。勘違いしないでってば。
あたしだって透夜ちゃん気に入ってるし、そんな透夜ちゃんを思うあんた達の友情がサイコーだったから、わざわざ表に出てあげたんじゃない。」

 


ポン、と空気が弾ける音と共に妖艶な人間の女に化けた九尾の狐は、胸の谷間から紙を取り出して頼安に差し出した。

 


「説明した通り、透夜ちゃんは天狼星として門を開く儀式を行い、武蔵国結界も解いた。
透夜ちゃんの魂は宇宙に捕らわれ連れて行かれる。そういう定め。
でも一つだけ、方法がある。星の番人である天狼星の役目は、敵を睨みそして退けなければならない。
この星を守る天狼星としての役目が残っているうちに、無理矢理仕事をしてもらうのよ。」

 


渡されたそれを両手で受け取る頼安の横を通って、展望台の縁まで歩く九尾の狐。
展望台の上を通り過ぎる冷たい風が、彼女の着物と髪を撫でて去って行く。

 


「大妖怪九尾の狐とナバリの王と恐れられた冥王が戦ってたら、場の空気が乱れ結界が崩壊しかねない。そうなったら、さすがに仕事しろ!って、追い返されちゃうかもね。」

 


振り向きながらウィンクする彼女の真意を理解した頼安の表情が固まる。

 


「大丈夫なんスか、冥王と戦って。それに、オレじゃなくて、清明血筋の陰陽師なら沢山います。その人たちのほうがー。」
「あんたがいいのよ。透夜ちゃんの側にいて、まだいてほしいと願うあんた達がね。
封印解いても死なないから、安心なさい。
さ、陰陽師くん。その護符使って封印をささっと解いちゃってちょうだい。やり方は教えなくたって、知ってるでしょ?」

 


赤い唇をつり上げて妖艶に笑う九尾の、奥に隠された優しさを感じて、頼安は意を決した。
嵐に周りを警戒するよう頼み、親指の肉を歯で噛み、浮き出した血を札に押しつける。
札を指二本で挟み構え直し、九字を唱えながら四縦五横に切る。

 


「古き礎、巻き付ける鎖。安部泰成の血を捧げ申す。天罡を睨み鬼門を開けよ。」

 


人型から再び巨大な狐の姿に戻った九尾の体毛が全て逆立つ。
白狐の体全てが白く発光を始め輪郭が曖昧になる。
札を持っていない方の指で宙に五芒星を描く。

 


「バン、ウン、タラク、キリク、アク!我が敵をなぎ払え。急急如律令っ!」

 


五芒星の中心部分に札を突き刺す。
すると、目の前の狐が飛び上がり、凄まじい早さでスカイツリーの方へ飛んでいった。
そこにあったのは白い残像。

 


「封印解除は無事完了したようですね。」
「へ?・・・川村さん!!!?」
「万が一暴れたら、と見張っていましたが、問題なかったようですね。」
「あの・・・どこから話聞いてたんスか?」
「最初からです。」

 


九尾の行く先を見守っていた二人の隣に突然現れたのは、術士協会会長秘書・川村であった。
人差し指で眼鏡を押し上げた動作も静かで、自己主張が最低限に抑えられていた。

 


「お二人も作戦に加わっていただきます。参りましょう。」

 


視界が歪み、空気が変わる。
先程まで東京タワーの展望台上に立っていたが、地上に戻されたようだ。
若干の目眩を感じながら、そこが道路の真ん中だと理解する。

 


「あ、きたきた。ヤッホー☆」
「ヒィィィ!今度は菅原道真公!?」

 


転移させられた先で真っ先に目に飛び込んできたのは、こちらに手を降っている和服の男性。
今日も派手な黄色の着物をまとい帽子を被って、お洒落な和装をしている。

 


「九尾の狐を手懐けるなんて凄いじゃなーい。見直したよライアンくん☆」
「いや、あれは・・・。」
「オレっちも協力するよ~。大事な社と氏子を失うわけにはいかないからねー。」
「道真公も・・・?」
「事態は会長によって掌握され、対策も協力者が募っているおかげで整いつつあります。」

 


「それにさ、透夜ちんは本人が思ってるより周りに好かれてるってことだよ。
この世界を守ろうとして武蔵国結界を解いたの、バレバレ~。」

 


帽子のてっぺんを押さえ、ニヒルに笑いながら菅原道真は歩きだす。
歩く度、下駄の爽快な音を立てる。
それが戦士を奮い起こすような音色にすら聞こえてきて、やる気が体を巡り始めたのが不思議だ。

 


「皆、まだ諦めてないってことだな。」

 


嵐が武具斧を肩に構え、眼前に見えるスカイツリーを見据える。
こちらへ、と先導して歩き出した川村の背中を見ながら、頼安は自分の両頬をペチンと叩いた。

 

「祝成人パーティー絶対やるんだからね、透夜クン!行きましょう嵐さん。もう位なんて関係ない。」
「ああ。」


嵐と力強く頷きあって、二人とも闇に向かって歩き出した。

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