幕間2
私が小学生の時、
石やゴミが降って来ない日は、ほとんど無かった。
小学校までの行き帰りは、冷たい目線と怒声罵声を浴びる日々。
私は七星の落ちこぼれで、父が余所の女に産ませた部外者。
それだけで同じ人としては扱われなかった。
宗家の子として生まれたのが、最大の原因だろう。
霊力がほぼゼロで、同じ年頃の七星の子は小さな火を出したり指からビームを出すぐらいの術はもうマスターしているのに、私は何も出来なかった。
最初は大人達も一緒になって私にいじわるをしていたが、投げられた石で額を切って血を流したところを、
たまたま兄が目撃しており、ブチ切れた兄が大量の蛇を召喚し大人子供を絞め殺しかけたことがある。
次期当主であり宗家四斗蒔家最強と呼ばれた子供の本気に、大人は震え上がり口を閉ざした。
だが子供はそうはいかない。七星の外に出て大人の目がなくなった途端、陰口が増える。
我慢するのは得意だった。
兄や面倒見てくれる父の秘書達にこれ以上迷惑掛けたくない。
術の一つも使えないのに学校も行かなくなったら、捨てられてしまう。
一人になる恐怖の方が強かった。
それに学校は楽しかった。知らないことを一つずつ学ぶのは自分が豊になるのがわかって満足感がたまらなかった。
もちろん得意というわけではない。いつも間違えてクラスメイトに笑われてばかりだったけれど。
最近は、父の秘書蛍火に教えて貰って、自分の名前を綺麗にかけるようになった。
宿題を頑張るとまろんも兄も褒めてくれた。
それで満足だった。
嫌われ疎まれていた私の人生に転機が訪れたのは、中学校二年に上がる前。
兄が高校入学を機に七星の土地を出ると言った。
回りの大人は当然大反対。
次期当主が七星の土地を離れるなど言語道断。七星の人間がこの土地を離れることは、それはもう離反と同義。
だが兄は歴代最強。摩夜の生まれ変わりとして信仰している一派もいた。
昔から四斗蒔を支えてくれた人達や穏健派幹部のおかげで、兄が成人し正式に当主となるまでの社会勉強ということで外に出ることを許された。
当主代行を努めてくれている伯父が各所に根回しをしてくれていたおかげと、兄は言っていた。
神奈川の中学校に転校して、それはもう驚いた。
誰も石やゴミを投げてこない。
平均より高い身長を物珍しく見られることはあったが、軽蔑の目を向けられることもなく
同級生は皆優しかった。初めてわたしは、クラスメイトとご飯を食べたり、楽しくおしゃべりをするという体験をした。
あまり人に慣れないせいでしどろもどろな私でも、仲間に入れてくれた。
突如として訪れた満ち足りた日々に感激しながら、順調なスタートを切った。
でも、やっぱり私は“そういう運命”だったようだ。
転校して二週間も経つと、生活にも慣れクラスの雰囲気も把握出来るようになっていた。
平和で優しいクラス内でも、疎まれ蔑まれる存在がいた。
眼鏡を掛けた小柄で地味な女の子。
乙島さんがハブられている理由は、ただ成績がよく担任の先生にウケがよかった。それだけ。
なんてくだらない理由なんだと私は呆れた。それはただの嫉妬ではないか。
他人を妬ましく思うのは自由だけど、無視をし居ないものとして扱う理由にはならない。
私はもっと―。
だから、体育の時間でペアを組めと言われて、乙島さんに声を掛けた。
翌日から、私も無視の対象になった。
初日、親切に移動教室を教えてくれた子も、一緒にお昼を食べてくれたあの子も
私の言葉が聞こえず、存在が見えていないかのように扱った。
結局、元の生活に戻ってしまった。
「一般人世界でも、嫌われるんだね。」
「お前は間違ったことをしておらんだろ。人間の子らの世界は狭い。他人を見下すことでしか自尊心を保てない。」
「難しい言葉使わないで、白虎。」
「中学生にもなって何を言っておる。授業で習った単語だろうが。」
「誰と話してるの?」
後ろから声がして振り返った。
体育の授業終わり。今更衣室に行くと笑われたり悪口言われたりするから少し遅れて行こうと、体育館の外回廊でしゃがんでいたところだった。
中腰になってこちらを伺っているのは、短い髪を二つに結った眼鏡の女生徒。
乙島杏子さんだった。
一般人には白虎の姿は見えないんだと、忘れていた。
七星の土地にいたころは、見えない人の方が少なかった。
「ひひひひ、独り言!」
慌てて立ち上がり、首をぶんぶん横に振る。
向かい合うと、乙島さんの身長は私の肩ぐらいしかない。
「着替えないの?」
「あー・・・。皆いなくなったら、かな。」
「私も。五月蠅い声聞きたくないから。」
そう冷たく言って、隣の壁に背中を預けるように寄りかかる。
「貴女も、私に声なんか掛けなければ、あの人達の輪に入れてたのに。」
夏海も、同じように壁に寄りかかった。
「いいの。私は小学生の頃からこんな感じだから。」
「四斗蒔さんも?仲間ね。でも、四斗蒔さん普通に見えるけど。」
「どう、なのかな。自分じゃわからない。でも慣れっこだから。こういうの。
あーだけど、田舎と違って人数多いから、さすがにビビってる。」
「和歌山から来たんだっけ。」
「うん!山の奥の奥。ド田舎だよ。こっちみたいにコンクリートの建物なんてほとんど無い。
あるのは山と田んぼとたぬき。」
「野生のたぬき、見てみたい。」
「見た目ほど可愛くないよ?畑の食べ物食い漁るし。それに―」
校舎の方から、チャイムが響く。
次の授業の予鈴だ。
「ゆっくりし過ぎたね。早く着替えて教室戻らないと。」
「だね。」
それから、私と乙島さん―杏子はよく一緒にいるようになって、親友になった。
回りの雑音も気にならなくなって、おかげで中学校生活最後の一年はとても平和で、幸せだった。
生まれてから兄と少量の大人しか関係性がなかったから、人生で初めての親密な他人。
田舎者の私に、杏子は今まで遠くの世界の代物だと思っていた楽しいことを沢山教えてくれた。
放課後の買い物、メイク、お洒落。女の子同士の脈略の無い楽しい会話。
高校二年生になった今も、楽しくて仕方が無い。
どれもこれも、兄のおかげだ。
兄が私を狭くて冷たい世界から連れ出してくれなければ、私は世界を知らないまま小さく生きていたに違いない。
小さい時から体が丈夫だったので、体を鍛え続けたおかげで少ない霊力でも戦えるようになってきた。
もっと強くなって位を上げて、兄と並べるぐらいの術者になる。それが当面の夢。
最強兄妹術士なんて肩書き、ベタだけどかっこいいと思わない?
完